60 和解 そして別れ
文字数 2,500文字
アッシュ、すまなかった……。
お前の将来まで変えてしまうなど、考えてなかった……。
崩れ落ちたアッシュを、アーディスは中腰になって見つめる。
アッシュもそっとアーディスを見上げながら、静かにうなずく。
もう、いい……。
お前をここまで憎み続けたことのほうが、罪は重いはずだ。
もし復讐が完成していれば……、俺は大切なものを失ったまま剣士になっていたからな。
それもある。
プラス、俺自身が小さい頃から手先が器用だったことをしまい込んだままになっていた、ということか。
そう言って、アッシュはゆっくりと立ち上がった。
銃も、レインボーブレードの欠片も持たなかった。
ただ、アッシュ・ミッドフィルという一人の人間の温もりがそこにはあった。
ほぼ同時に、お互いが手を差し出し、握りしめた。
お互い、一番の力を出せる武器で戦うべきだ……。
このシステムを作ったはずの俺が、一番そのことに気付いていなかった。
アーディス、すまなかった……。
きっと、トライブの全てを懸けて戦う姿勢が……、アッシュに伝わったのよ。
アーディスの運命を動かしたじゃない、トライブ。
トライブは、アッシュたちから目を反らし、ソフィアに向けて口元を緩めた。
このゲームでどれだけの剣の魂が失われたかを考えれば、決して喜べるような結末ではない。それでも、最悪の結末だけは回避できたことに、トライブはようやく納得したようだった。
その時だった。
足下に黒い影が渦巻いているのが、トライブの目に飛び込んできた。
ソフィア、見て。
この世界にやって来るときに見た、吸い込まれるような黒い光よ……。
たしかに……。
じゃあ、これで「ソードレジェンド」は終わりってことね……。
その時、「ゲームマスター」を「演じて」いたアッシュが、二人に振り向いた。
あぁ、これで終わりだ。
真に最強の剣が決まったからな……。
常にその気持ちを理解する、剣士の手によって……。
アッシュも、感じてたのね。
アルフェイオスが私に力をくれたところ。
そうだ。
レインボーブレードのパーツだったアルフェイオスが、トライブに傾いていくのを……、俺もはっきりと聞いた。
最後にはじき飛ばされたとき、俺はそこまで剣の気持ちは理解できないって、思い知った。
さすがだな、トライブ。
トライブが、何も言わずにうなずいたとき、いよいよその黒い影がトライブの膝下まで襲っていた。
「ソードレジェンド」の世界から外に出たら、このゲームでの設定は全てリセットされる。
ソフィアのストリームエッジを含め、始まる前と同じ状態で元の世界に戻るだろう。
トライブがそう言ったとき、黒い光が彼女の視界に襲いかかり、何もかも見えなくなってしまった。
「ソードレジェンド」の世界が、消えていく瞬間だった。
吸い上げられるような力を数秒感じた後、トライブはそっと目を開けた。
背後から聞こえた声に、トライブは振り返った。
そこには、アリスがソフィアと並んで立っていた。
本当に、ソードマスターもソフィアさんもみーんないなくなっちゃったから、心配しました。
でも、またどこか別の世界の冒険をしたのかなと思って、10分くらい待ってました!
私たち、そんな短い時間に感じなかったし、少なくとも真夜中のシーンはあったと思うけど……。
真夜中、占い師の家にアッシュが出没するから見張っているとか、そういうこともあったわよね。
その時、アリスがバッとトライブの腕を掴み、食い入るように彼女の表情を見つめた。
ライフルマスターもいたのに、私がプレイヤーになれないなんてあんまりです!
異世界で、恋、したかったなー。
アリス。
今回のゲームは、剣を持ったことのないアリスには絶対に無理な設定だったのよ。
しかも、アッシュはラスボスだったし、その手下になるしかアッシュに近づく方法はなかったわ。
えーっ!
いつか、ライフルマスターがラスボスになる話を見たかったのに、ソードマスターたちだけズルいです!
なので、今からその世界で稼いだ賞金で、ソードマスター、ご飯おごってください。
アリス。
そうは言っても、私たちお金を持ち帰ったわけじゃないわけだし……、そもそも戻ってくるときは最初の状態に戻されるわけでしょ。
しつこく迫るアリスに、トライブとソフィアは顔を見合わせた。
その時、トライブはソフィアの背に見慣れた剣を見かけた。
ソフィア、背中の鞘に刺さっているの、ストリームエッジ?
ソフィアが右手を背中に伸ばすと、その手ははっきりと剣の手応えを感じた。
化粧水ショップだというのに、ソフィアは鞘から剣を取り出そうとするほどだった。
よかった……。
私のストリームエッジが、無事に戻ってきてて……。
私、2回も失っているから……、ちゃんと戻っているか不安でしょうがなかった。
よかったじゃない、ソフィア。
自分の最も心が通じ合う武器が戻ってきて。
トライブ。
私たちの間では、まだしばらくソウルウェポンで通じると思う。
そんな難しい言葉に直さなくても。
たしかに……。
それにしても、ソウルウェポン、いいシステムだった。
そう思わない?
トライブは、ソフィアにそっと尋ねる。
ソフィアも、その言葉とほぼ同時にうなずいた。
あれがあるからこそ、自分が何を守らなきゃいけないかはっきりするし、そのためにどの剣士も命がけで戦っていたと思う。
私は常にアルフェイオスを大事にしているけど、それを他人の目にはどう映っているのかって、あまり気にしなかった。でも、今回のゲームでそれが分かって……、よかったなと思う。
私も、あのゲームに入ってから、いつも以上にストリームエッジを守りたいって思った。
とくに、2本目を持ってから。
そうトライブが言うと、ソフィアと同時に笑い出した。
二人がその力を放ち、強敵に立ち向かっていくための剣が、次の戦いの時を待っていた。
その時もまた、剣の使い手と心を一つにして戦えることを信じて。
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