44 剣を捨てた過去
文字数 2,501文字
トライブとソフィアが、ほぼ同時に「アッシュ」の名前を口にしたとき、アーディスの唇はかすかに動いた。
ただ一言、「銃使い」という言葉を発した後、二人を見ながら彼は何も言えなかった。
そこに、トライブがアーディスに向けて、その足を一歩踏み出す。
私だって、「ゲームマスター」イコールアッシュになるのは、おかしいと思う。
彼は、立派な銃使い。12年前まで剣士だったというのが、信じられないわよ。
でも、カルフールで育ち、私たちのことを知っているのは、アッシュしかいないのよ。
俺も、おかしいと思う。
お前の言ったことに加えて、剣士じゃない人間が「ゲームマスター」やっているということも。
ただ、二人がそう言うのなら……、俺もそうだと思うしかないのかも知れない。
アーディス、無理にそう思わなくていいわよ。
きっと、私たちがそう言ったことで、「ゲームマスター」はそのうちに私たちの前に姿を現すはず。
その時には、私たちが正しいことを言ったか、アーディスにも分かると思う。
そりゃ、そうだけどさ……。
心当たりがないんだよ、俺には……。
俺が倒したのは、元気そうな少年。
「ゲームマスター」のような、暗そうな性格の持ち主じゃないと思うんだ。
トライブは、そこで小さく息をついて、首をかすかに左右に動かす。
彼女の脳裏に、「オメガピース」の中で何度も見てきたアッシュの冷たそうな表情が、はっきりと映っていた。
アッシュは、村で一番貧しい家に生まれた。
何度も取り立てにあって、ついに全てを奪い取ろうとしたその日、襲ってきた役人たちを相手に、アッシュは家族を守るために戦ったのよ。
けれど、彼の放った一撃は、飛び出してきた母親を貫いてしまったわ。
ショックで立ち竦む隙に、彼も銃撃を受けた。
結局、家は焼かれ、両親を失い、アッシュの手元には銃しか残らなかった。
彼が、人を信じない性格なのも、人に冷たいのも、私はその時のトラウマが抜けきれないだけだと思っているのよ。
それが、アッシュの運命を変えてしまったのか。
ただ、その前から銃を持っていたということだろう。
そうなると、結果論から俺を逆恨みしたというわけか。
つまり、剣を持つことを諦め、銃に手を染めてしまった。
それが原因で、それから先のアッシュは冷たい銃使いと呼ばれるようになった。
そうだとしたら、俺は何かしらフォローしないといけなかったのか。
アーディスは、やや下を向いたまま、トライブたちに告げた。
カルフールでの剣術大会でアーディスのしたことが、その後のアッシュの人生を変えてしまったことを、彼は受け入れなければならなかった。
アーディスのため息が、普段より大きくこぼれる。
まぁな。
思い起こせば、心の傷どころか、右の手の甲にやや深い傷を残したかも知れない。
バトルに夢中になって気付かなかっただけかも知れないがな。
それはアッシュが冷静だから、深い傷でも痛いと言わなかっただけかも知れないわ。
でも、どうしてもアーディスのいる世界が耐えられなかったのよ。
せめて、手を差し伸べたり……、勝ったときも負けた相手の力を認めたりすることができていればと思う。
私はよくやるけど、それによって剣士はもう一度立ち上がれるのだから。
オルティスが出てきたぞ。
刀だけになっている。
オルティスは、トライブたち3人に決して見返すことなく、そのまま森の方に消えていった。
その、わずか数十秒の間、トライブもソフィアも、オルティスがバルムンクを握っていないかどうかじっと見つめていた。
むしろ、「ゲームマスター」が五聖剣を全て揃えてしまおうとしていると思うと、複雑に思わざるを得ないわ。
「ゲームマスター」を止めるには、私かリオンがこの「ソードレジェンド」で生き残らなければいけないのよ。
じゃないと、七色の剣を出されてしまう。
それでいいと思う。
もし、ソフィアがこのゲームで生き残ったら、実力的に「ゲームマスター」にだって立ち向かえると思う。それなら、ソフィアが生き残って全然構わないわ。
ただ、まだソウルウェポンどうしのバトルで負けていない私も、立場は同じってことは分かるわよね。
そう言うと、ソフィアはトライブから身を反らし、やや遅れて穴から出てきたリオンに一歩ずつ歩み寄った。
ストリームエッジをそっと抜き、それをリオンに軽く向けたのだった。
トライブの声に、ソフィアの首が小さくうなずいた。
それと同時に、ソフィアの右足が一歩前に出て、リオンのヘヴンジャッジの剣先と一直線になるようにストリームエッジを構えた。
勝負のときは、今まさに始まろうとしていた。