40 アーディスの運命

文字数 2,570文字

まだこのゲームから消えてはいけないプレイヤー。

やや低い声でトライブに告げられたアーディスは、コピーのヘヴンジャッジを持ったまま立ち竦んだ。


全く動く気配のない呆然とした表情が、トライブとソフィアに鋭く伝わる。

それは……、どういうことだ……。


このゲームから退場しなきゃいけないはずなのに、俺にはそれ以外の運命が待っているというわけか。

そう、アーディスはこのゲームに来た以上、運命を背負ってしまったのよ。


「ゲームマスター」に狙われ続けるという運命を……。

俺が、「ゲームマスター」に……?

そういうことよ。


私も、ソフィアから聞いた話だから正確に伝えられないかも知れないけれど、少なくともアーディスが一人になったら……、いつ「ゲームマスター」が襲ってきてもおかしくない状況よ。

トライブは、そこまで言うとソフィアに軽く顔を向けた。

その目に、ソフィアははっきりとうなずいた。

ちょっと待て。

俺は、「ソードレジェンド」に飛ばされたとき、思い切りひとりぼっちだったはずだぞ。

たしか、お前のアルフェイオスを穴に落としたとき、周りに誰もいなかったはずだが。

おそらく、その段階でアーディスを狙ったら、リオンがソウルウェポンを手に入れられなくなってしまう。

それだけの理由で、何もしなかっただけなのかも知れない……。


でも、もうリオンにもヘヴンジャッジが渡った以上、「ゲームマスター」は間違いなく狙ってくる。

なるほどな。

俺は狙われているということは、はっきりと分かった。


だが……、どうして俺が狙われないといけないんだ。

そこが分からないと、俺もどうしていいか分からないじゃないか。

たしかに……。

私だって、勝手にそんなことになっていたら、絶対にその理由を聞くもの。


悪いけど、私は答えられないわ。

ソフィアは、その理由を聞いてるの?

トライブは、ソフィアにもう一度目を向ける。

だが、ソフィアはトライブと目が合った瞬間、少し下を向いて、アーディスに申し訳なさそうな表情を浮かべた。

私も……、「ゲームマスター」の野望としか聞いていない。

「ゲームマスター」の都合ってことかよ。


そもそも、この世界にやってくる直前まで、「ゲームマスター」に会うことはないはずだし、そもそも俺がほとんど会ったことのない相手に、何の因縁をつけられるんだという感じがする。


運命だと分かっても、気分が悪い。

そう言うと、アーディスはトライブから目を反らし、剣を持ったまま彼女から背を向けた。

だが、そのまま数歩歩いたところで、その足は止まった。

そうは言っても、俺は逃げることのできない運命ということも、また確かなんだよな……。

少なくとも、何の因縁をつけられているか分かるまで、俺は死ねないし、逆にこのゲームだって終わりにして欲しくない。

アーディス……。


それはつまり、運命を受け入れるってことね……。

受け入れるしかないだろ。


いや、受け入れたくなかったけど……、そこまで言われてしまっては、俺としても受け入れざるを得ないと思う。

かりにも俺は、剣で戦う者なんだから。

アーディスの言う通りかも知れない……。

どんな運命でも、そこから逃げていたら、何も始まらないような気がする。

トライブは、そっとうなずいた。

同時に、彼女の足がゆっくりと動きだし、やや遠くなったアーディスの前に向かった。

私は、ソフィアの言葉を聞いて気になったことがあるのよ。

「ゲームマスター」がどうしてアーディスを狙うのか……。

分かったのか……?

まだ分かったわけじゃない。


でも、「ゲームマスター」は間違いなく、あなたの過去を知っているはずよ。

いつの時点で呼び出されることになったかにもよるけれど……。

待って。

アーディスは、私と最初に会ったとき、「元ソードマスター」と言ってたわ。

そのソフィアの言葉に、アーディスははっきりとうなずいた。

あぁ、俺はいま38歳だからな。

「オメガピース」はとっくに引退し、ルーファスで土木建築を始めた頃だ。


リオンが俺を見てデスティニーブレイカーを気にしてたみたいだけど、そもそも俺は転送されたときにそれを持っていなかったし、たまたま昔使っていたヘヴンジャッジを持っていただけだ。

つまり五聖剣の一つを、アーディスは家に持っていたってこと?

結果としては、そういうことになる。

もったいないけどな、一人娘のミシアを女だからって剣士にさせなかった時点で、俺がソードマスターだったときに使っていたヘヴンジャッジは用済みだった。


そんなことなら、ゲームの世界から元に戻れたときに、武器屋アルティメットに売り飛ばすよ。

ミシアは、私たちの時代だと「絶対零度を操る氷雪の魔女」だもの。

どんな激しい炎も、一瞬でその息すら止めてしまう。


逆に剣を持たないほうが、ミシアを強くさせたってことになる。

そっか……。

ミシアはミシアで、俺とは比べものにならないくらいの魔術師になったわけか……。


その意味で、過去を見ているお前たちのほうが怖いよ。

アーディスは、そう言って軽く笑った。

運命を突きつけられたのが、遠い昔の出来事であるかのように。


だが、それとは裏腹に、トライブはひとり、会話のやりとりに首をかしげていた。

二人とも、いい?
トライブ、何か気になることがあったの?

ソフィアが顔を振り向かせると、トライブは小さくうなずいて二人の目を見た。

「ゲームマスター」は、いつの時代の剣士を呼べばいいか、分かっている。


例えば、私とソフィアは全く同じ時代の設定で呼ばれたし、リオンもソードマスターだった頃に呼ばれている。

でも、アーディスだけは38歳。リオンと同じ時代の設定にならなかった……。


そのことが、何を意味してるかって……、私はさっきからずっと考えていたのよ。

「ゲームマスター」が、わざと「オメガピース」を引退させた後の時代に呼んでいる。

それだけじゃないの?

ソフィアがやや小さな声でそう返すと、トライブは首に手を当てて言葉を返す。

ソフィアの言ってることも、間違っていないわ。

わざと「ゲームマスター」がその時代を選んだってことなのよ。


でも……、そこから分かるのは、それだけじゃない。

もっと根本的なことに、私たちは気付いていないのよ。

それは……。
アーディスがおそるおそるトライブに尋ねると、トライブははっきりとした声で返した。
「ゲームマスター」は、少なくとも私たちの時代まで分かっているのよ。
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター/剣=アルフェイオス

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳/剣=ストリームエッジ

女剣士で、トライブの最大の親友、かつ最大のライバル。

実力で上回るトライブに追いつき、いつかソードマスターになりたいと強く願っている。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター/剣=ライトニングセイバー

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター/刀=名称不詳

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ゲームマスター


最強の剣を決するゲーム「ソードレジェンド」を司る謎の男。

剣を持ったときの実力は、計り知れない。

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