57 残された最後の武器
文字数 2,718文字
アルフェイオスより明らかに重い刀をやや上段に構えながら、トライブはアッシュに迫る。
ほぼ同じようなスピードでトライブに迫るアッシュが、トライブより少しだけ早くレインボーブレードの先を上げると、トライブは刀をやや左に傾け、そこから右上方に突き上げていった。
瞬間、アッシュの口元が笑った。
トライブの持つ刀に向かい、アッシュがレインボーブレードをまるで流すかのように振り下ろす。
その瞬間、トライブの右手に強い衝撃が走り去る。
幅わずか十センチにも満たないはずのレインボーブレードが、まるで壁であるかのような硬さ、そしてパワーに溢れていることを、彼女の右手はすぐに感じた。
それでもトライブは、何度かレインボーブレードを叩きつけるが、その場からレインボーブレードを突き放すことすらできない。徐々に強く叩きつけているにもかかわらず、刀が押し下げられていくようにさえ感じられた。
トライブが五回叩きつけたとき、ようやくアッシュの手が動いた。
トライブは、レインボーブレードが動いた瞬間、右手の刀をスッと引いて正面に構えようとする。
だが、アッシュの反射神経が、その行動を取らせる隙すらトライブに与えない。
引こうとしていた刀の先を、レインボーブレードですかさず叩きつけ、次の瞬間にはトライブの持つ刀の先が地面のほうを向いていたのだった。
そこからトライブも刀を持ち上げようとするが、振り上げた先で待っていたかのように、レインボーブレードの「壁」が襲いかかった。
トライブが苦しそうな声で言う間にも、レインボーブレードがトライブの持つ刀をじりじりと下に傾けている。
これまで何度もトライブを苦しめてきたはずのオルティスの武器でさえ、全ての五聖剣が集ったレインボーブレードを前に、ギシギシと音を立て始めていた。
そして、懸命に刀のポジションを変えようとするトライブは、ついに肩にまで衝撃を感じた。
なんとしても、レインボーブレードに押されっぱなしの状況を打ち破るしかない。
トライブは、立て続けに数歩後ずさりし、できるだけレインボーブレードから武器を離した。
そして、その場所で刀をほぼ垂直に振り上げ、追ってくるレインボーブレードに正面から挑もうと、刀を振り降ろした。
だが、力いっぱい振り下ろしたその一撃の先に感じたのは、ダイヤモンドのような硬さと、その剣が持つ力、そして徐々に眩くなっていく七色の光だった。
レインボーブレードの光が、右手に持つ刀を貫いていく。
トライブの右手は、はっきりとそう感じた。
自らの武器の力を、もはや何一つ感じない。いや、武器を持ってすらないような錯覚さえ襲いかかる。
トライブの持つ刀も、懸命に抵抗しているはずだが、その面影すらなかった。
これまで何千回、何万回と剣を交えてきた「剣の女王」ですら、初めて感じる気持ち悪さ。
それが、レインボーブレードのパワーをはっきりと物語っていた。
トライブは、我に返って刀に力を入れようとした。
自分自身の扱うべき武器に、もう一度力を与えようとした。
だが、その強い意思は、透き通った音ともに崩れていく。
パキンッ……!
トライブの持つ刀の先が、真っ二つに割れ、すぐさまいくつもの欠片になって崩れ落ちていく。
レインボーブレードとまともに勝負したところが軒並みその形を失っていき、彼女の武器は柄から数センチを残して、ほとんど使い物にならないような無残な形に変わり果てた。
レインボーブレードのパワーを前に、トライブは何もできなかった。
トライブにそのことを告げるかのように、アッシュはレインボーブレードの先を、彼女の目の前に突きつけ、そこで止めた。
トライブは、それでもアッシュを睨みつける。
折れた剣を手にしたまま、苦しそうな声で発した言葉にさえ、悔しさがにじみ出ていた。
その中で、アッシュはトライブから目を反らし、ついにアーディスに向けた。
全く勝負にならないまま、武器を破壊された「剣の女王」の、わずかに残されたプライドだった。
だが、そのように言い放ったトライブに、アッシュは軽く笑う。
そのとき、アッシュに敗れてから木にもたれかかっていたアーディスが、ゆっくりと立ち上がった。
そしてトライブの横に立った。
その時だった。
トライブに向けられていたレインボーブレードの先が、素早くアーディスに向けられたのは。
みんなまとめて、粉々にする気か。
こんな、爆弾みたいな剣で。
アッシュはそう言うと、レインボーブレードを高く振り上げ、小さな声で「5秒前」と口にした。
もはや、アーディスは動くことができない。
トライブも何かを叫んだが、言葉にすらならなかった。
復讐と言う名の処刑。
残酷にも、この世に二つとしてない力によって行われようとしていた。
その時だった。
突然響いた低い声に、その場にいた誰もがオルティスに向き直った。
ゆっくりとした足取りで、彼はアッシュに近づいていく。
その時トライブは、オルティスの右手に構えていた武器を見て、息を飲み込んだ。
この場を待ち受ける運命すら打ち砕ける、最後の武器。
それがいま、オルティスの手にしっかりと握られていたのだった。