46 このゲームに残る必要性

文字数 2,516文字

何も持たず、その場を立ち去ろうとするリオンに、トライブが声を掛けた。
リオン、どこ行くのよ……。

このゲームの世界を、楽しむだけだよ。


もう、残された時間も少ないからな。

剣を持たないわけね……。
トライブは、木に立てかけられた、コピーのストリームエッジに目をやり、首を小さく左右に振った。

俺は、ソフィアに負けたんだ。

ソウルウェポンとされたヘヴンジャッジを失ったんだ。


ライトニングセイバーすらもうないし、俺がそこの剣を操ろうとしても厳しいと思う。

でも、リオンは慣れ親しんだわけじゃないのに、ヘヴンジャッジを自分のものにしていたじゃない……。

それは、このゲームにおいて、この剣に運命を感じたからさ。


ヘヴンジャッジがソウルウェポンである以上、俺はこの剣で戦って、行けるところまでいかないと。

そう思ったんだ。


でも、俺の希望は剣とともに打ち砕かれた。

運命……、ね……。

そういう気持ち、私にも分かる。

トライブは、リオンの言葉に低い声で相づちを打つだけだった。

ソフィアの顔が、ほんの少しだけトライブに向けられるのを、彼女の目は感じた。

慣れ親しんだ剣でなければ、自分の力は出せない。

このゲームの中で、私は何度も言ってきたわ。


だから、私はソフィアの剣を無理にリオンに勧めたりはできない。

だよな……。


俺にだって、そう言ってたわけだし……。



だから、もうこれ以上この物語には残らないことにするよ。

そう言って、リオンは目線をトライブから反らそうとした。

その時、これまで黙って様子を見ていたアーディスが、リオンに小さく声を掛けた。

行っちゃうのかよ、リオン。

あぁ。


「ゲームマスター」に狙われているアーディスは別として、俺はもうこのゲームに残る必要なんてないんだからさ……。

俺も一緒に行って……、いいかな……。

こんなあっけなく離ればなれになるの、なんだかなと思うんだが。

俺だって、後ろ髪を引かれる感じだよ。



でもさ、アーディス。

「ゲームマスター」と最後に戦うことになるのは、このゲームで最も強い剣士。

それは俺じゃない。


たぶん、女二人のどちらかだよ。

リオンは、そう言うとトライブとソフィアを小さく見つめ、それからアーディスに目線を戻した。

俺の中では、リオンが最強だと思うけどな……。


慣れ親しんだ剣というのが真実であれば、慣れ親しんだ仲間というのも、また真実じゃないかと思う。

まぁな。


でも、俺たちは別々の時代から来た仲間だろ。

元の世界に戻れば……、また出会えるさ。

この場にいる剣士たちの中で、リオンの言葉の意味合いを知っているのは、トライブだけだった。

それでも、トライブすら何も言おうとしなかった。



そのまま、何も言うことなく、何の武器も持たずに立ち去っていくリオンに、トライブとソフィア、それにアーディスがその後ろ姿を見つめる。

これでいいの?

トライブ……。


なんか、私に負けたことで、リオンがものすごく落ち込んでいるように見えるんだけど。

落ち込んでいるわけじゃない。

リオンは、そういう潔い性格なのかも知れない。


だから、この物語と関わることをやめたんだと、私は思うわ。

でも、剣を持たないことと、この物語から姿を消すのは、また話が違うような気がする……。

私には、トライブが今まで言ってきた言葉に縛られているとしか思えない。

ソフィアにそう言われるのも、分かってるわよ。

二人の目線の先から、リオンの緑色のマントが完全に消え、小さな木の葉が風に舞う中で彼の存在は消えていった。


ソフィアが気が付くと、アーディスが彼女の横に立ち、横目でその表情を見つめていた。

俺は、リオンが守ってくれるって信じてたけどな。

いまリオンに付いて行ったところで、慣れ親しんだわけじゃないヘヴンジャッジで自分の身を守るしかないんだし。

アーディスは、コピーのヘヴンジャッジに手をかけたが、その手は力なく柄から落ちていった。

それから、彼は小さく首を左右に振った。

アーディス。


私たちが、あなたを守るわ。

どう考えたって、逆恨みでアーディスをこの世界に連れ込んだ、アッシュが悪いはず。


フォローをしなかったというのを差し引いても、この世界に連れ込んでまであなたを恨み続けるなんて、あり得ないのだから。

そうね……。


私だって、アーディスを守らなきゃいけない。

そう思ってる。


でも……。

力ないソフィアの言葉に、トライブは彼女に軽く目線を動かした。

トライブが何かに縛られているのと同じように、私だってリオンに勝った現実に縛られなきゃいけないって思ってる。


なんか、ものすごく複雑だし、それでリオンが離れていくのも……、運命とは言え心苦しい。

そう言うと、ソフィアは木に向かって静かに歩き出した。

そして、立てかけられたストリームエッジを掴んで、一度しまった本物のストリームエッジと見比べた。

やっぱり、同じ剣ね……。

ストリームエッジを持つべき人は、やっぱり私しかいないけど……、剣を持たない剣士よりかはずっとましなんだから……。

ソフィア、もしかしてストリームエッジを二刀流にして戦おうというの……。

違う。


リオンに、何か言ってあげないといけないと思ってるだけ。

そのついでに、武器も持っていこうって思うの。

その気持ちも分からなくもないけど、私は別にいいと思う。

彼自身の判断に任せるわよ。


でも、ソフィアが本当に申し訳ないと思ってのなら、その考えも私は大事だと思う。

そう言いながら、トライブはゆっくりとソフィアに近づき、彼女の肩を軽く叩いた。
私が思っている以上に、ソフィアはアーディスやリオンのことを心配しているのね……。

勿論。


このゲーム「ソードレジェンド」で出会った仲間だもの。

そう簡単に、みんなが離ればなれになって欲しくないわけだし。

二人がほぼ同時にうなずき、続いてソフィアの足が森の中へと消えていった。

一歩、また一歩と遠くなっていくソフィアを、トライブは暖かく見守っている。


その様子を、後ろから見たアーディスが、トライブにだけ聞こえるように小さな声で呟いた。

トライブは、やっぱり年齢の割に大人なのかも知れない……。

ソフィアも……。

トライブとアーディスだけが残されたその場に、二人の髪を軽く揺らす風が吹き抜けていった。

その風は、普段より強く感じられた。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター/剣=アルフェイオス

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳/剣=ストリームエッジ

女剣士で、トライブの最大の親友、かつ最大のライバル。

実力で上回るトライブに追いつき、いつかソードマスターになりたいと強く願っている。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター/剣=ライトニングセイバー

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター/刀=名称不詳

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ゲームマスター


最強の剣を決するゲーム「ソードレジェンド」を司る謎の男。

剣を持ったときの実力は、計り知れない。

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