56 地に墜ちた剣 地に墜ちた身体

文字数 2,502文字

アッシュの手によって、立ち向かう意思を潰された剣士リオン。

その体が、眩しい光に照らされながらもがいている。


オルティスの刀を取ろうと、リオンはうつ伏せの状態で懸命に右手を伸ばすが、数メートル先に墜ちた剣を掴むことはできそうになかった。



その中で、アッシュは一歩ずつリオンに近づく。

ソードマスターの肩書きを持ったお前の力も、所詮その程度だったようだな。

ソウルウェポンすらない状態で、お前にできることなど、何もない。


無駄な勝負だったようだな。

くっ……、くそっ……!


せめて、ヘヴンジャッジがあれば……とでも言いたいのか……。

苦し紛れに訴えるリオンを、やや離れたところからじっと見つめるトライブ。

ヘヴンジャッジの欠片は、彼女の足下に無残にも転がっている。


それを見て、トライブは一度首を横に振った。

ヘヴンジャッジがお前のところにあれば、まだ面白い勝負にはなった。

面白いだけで、俺の剣が圧勝することには変わりがないようだが。


お前が守ろうとしたアーディスが、あっけなく折った。

たしかに、あっけなく折られた……。


リオンにさえ、コピーのヘヴンジャッジが渡せていれば……、お前をこんな目に遭わせることなど……!

アーディス……。


うっ……、うっ……。

リオンは、それでもオルティスの刀を手に取ろうと手を動かしていたが、ついに痛みに耐えきれなくなり、刺された腹を右手で押さえつけた。


それまで絶えずアッシュとアーディスを見続けていた瞳が、苦しそうに閉じていく。


トライブたちの目にも、リオンの傷がはっきりと分かった。

そしてついに、女剣士がその足を、一歩前に出そうとした。


だが、ほぼ同時に、アッシュの足がリオンのすぐ横で止まった。

レインボーブレードを右手で高く掲げ、今にも彼の心臓に突き刺そうという状態でぴたりと止まっていた。

リオンを、どうする気よ……!

トライブ。

剣のないお前が、何を言う。


最大の邪魔者を、この手で消し去るまでだ。

いい加減にしなさいよ。


アーディスは、アッシュにとって逆恨みの対象ということは分かっている。

でも、リオンは何も悪くないわ。

忘れたのか。


リオンは、アーディスにとって……、心の通じ合う存在だということを。

それでも、アッシュとの関係では、リオンは無関係よ!

無関係じゃ、ねぇ……!


俺は……、アーディスを守らなきゃいけない……、立場なんだ!


騎士団長として……、小さな組織を引っ張ってきた……、俺の最大の使命なんだ……!

リオンの大きく開いた目が、彼の倒れた向きからはほぼ後方に当たるトライブに、一瞬だけ向けられた。

体も大きく動かしており、その強い使命感が、彼の体を起き上がらせようとしていたのだった。



だが、立ち上がる力を取り戻したリオンに待っていたのは、レインボーブレードを鋭く振り下ろす、アッシュの手だった。

リオン……!

心臓を貫く鈍い音が、トライブの悲鳴の中で静かに消えていった。

深く刻まれたレインボーブレードを、アッシュがゆっくり持ち上げたとき、リオンは顔から地面に叩きつけられ、そのまま動かぬ物と化した。



トライブにとって、またしても守れなかった剣士。

冷たい風が吹き付けるその体から、彼の意思がトライブにはっきりと響いた。


そして、トライブの目がオルティスの刀に向けられた。

許さない……!


私は……、剣士として……、このままアッシュを見逃すわけにはいかない……!

フッ。


あれだけ、心が通じる武器だけをかわいがってきたお前が、今から宿敵の持っていた武器でも持とうというのか。

動かなくなったリオンの体を跨いで、アッシュがレインボーブレードを正面に構えたまま一歩ずつトライブたちに近づいた。


女剣士二人は、武器がない。

この状態でレインボーブレードが動き出せば、あっという間に勝負が付いてしまう。


それでも、トライブはアッシュに言い放った。

たしかに、私はもう長いことアルフェイオスを使いこなしてるし、こだわりに見えるようなセリフだって言ってきた。


けれど、絶対にそれを持って戦わなきゃいけないなんて、決まったわけじゃない。

私は……、たとえ他人の武器でも戦うことができる……!

トライブ、心強い……。

「剣の女王」の目が、一気に細くなる。

そして、鋭い目どうしが交わり合う中、アッシュがそっとレインボーブレードを引き、剣を持たない左手で、地に墜ちた武器――オルティスの刀――を指差した。

いいだろう。


さっきから相当のダメージを負っている武器でもいいのなら、あのオルティスの刀を取っていい。

一瞬で勝負はつくはずだが。

私の実力は、あなただって分かっているはずじゃない。

その実力を、ここでも出せるって……、私は証明してみせるわ……!

そう言うと、トライブは落ちた刀に向かってゆっくりと歩き出し、アッシュの鋭い視線に追われる中で「新たな武器」を取りに向かう。


オルティスの刀の前までやって来ると、トライブは小さくうなずき、しゃがみ込んでは、ゆっくりと刀に手を伸ばしていった。

たとえオルティスの色に染まっていたとしても、これからは私が刀の力を引き出す。


私と一緒に戦うべき、強い刀……。

トライブは、刀を持ってゆっくりと立ち上がった。

刀の先が光に照らされ、その光が時折トライブの体に力を与えていく。


二度、三度とトライブの手が刀を強く握りしめ、武器に宿るパワーをしっかりと感じ取っていく。

アルフェイオスに比べてやや剣身が長く、明らかに重い武器。

わずかな時間で使いこなせるようにしなければならないプレッシャーさえ、トライブはかすかに感じた。


だが、これまで何度も剣で立ち向かってきたトライブが、武器を持ったまま怯むはずがなかった。

私は、準備完了よ。

オルティスの持っていた刀で、あなたの七色の剣と・・…、勝負するわ……!

そう言ってられるのも、今のうちだ。トライブ。


全ての五聖剣が結集した俺の剣……、その破壊力にお前でさえも恐れないわけがない。

リオンのようになるのも、時間の問題だ。

それでも私は戦う。


剣士として、私は逃げることなどできない。

「剣の女王」のプライドが、その短い言葉ににじみ出る。

そのかすかに強い言葉がかき消されたとき、二人の足がほぼ同時に動き出した。


勝負が始まった。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター/剣=アルフェイオス

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳/剣=ストリームエッジ

女剣士で、トライブの最大の親友、かつ最大のライバル。

実力で上回るトライブに追いつき、いつかソードマスターになりたいと強く願っている。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター/剣=ライトニングセイバー

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター/刀=名称不詳

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ゲームマスター


最強の剣を決するゲーム「ソードレジェンド」を司る謎の男。

剣を持ったときの実力は、計り知れない。

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