48 ストリームエッジは二度死ぬ
文字数 2,806文字
ソフィアは、来た方角も気にする暇もなく、森の出口、木の果てるところまで走り出した。
もはや、草を分ける音が追っ手に聞こえることすら気にしなかった。
1対2なら、何度も経験したことがある。だが、相手が相手だ。
とにかく、トライブのいるところまで戻り、2対2で戦えるようにしたい。
心の中で、ソフィアはそれしか抱けなかった。
だが、木と木の間に、突然黒い壁ができた。
「ゲームマスター」のシルエットがソフィアの前に現れると、それに飛び込もうとする彼女を両手でふさぎ込んだ。
ソフィアもすぐさま、隣の木へと走ろうとするが、そのたびにシルエットが移動し、ソフィアの逃走を押さえ込む。
ソフィアは、「ゲームマスター」に向かって、ついにストリームエッジを突き出した。
二つ手にしていたストリームエッジは、コピーのものをその場に置いて、ソフィアの戦いやすい体勢を取ることにした。
だが、「ゲームマスター」は何も武器を出す気配がない。
その代わり、ソフィアにまっすぐ手を伸ばし、彼女に背後を見るよう促した。
ソフィアは「ゲームマスター」に言い返そうとするが、背後から刀が突き出されたことに気付き、慌てて振り返った。
オルティスが、薄笑いを浮かべていた。
ソフィアの脳裏に、「ソードレジェンド」に転送された直後の光景が蘇った。
トライブと離ればなれになったことに気付き、岩場を歩き出したとき、わずか10歩でオルティスと遭遇した。
そのまま、ソウルウェポンなどと意味の分からない言葉を告げられた後、戦闘が始まった。
状況が分からないまま戦い始めたソフィアは、立て続けに刀を振り下ろすオルティスの力に飲まれ、何一つ抵抗できずストリームエッジを落とした。
だが、今は違う。
五聖剣の一つを落とし、永遠のライバルからも「強い」と言われるほどだ。
今なら、再びのオルティス戦だって勝てるはず。
ソフィアは、地面をしっかりと踏みしめた。
その時、オルティスの足が動き出した。
オルティスが、刀を正面から突き出したままソフィアに走り出した。
それに合わせるように、ソフィアもストリームエッジをかざしたままオルティスに向かう。
木と木の間にしか光が差し込まない、薄暗い戦場。両者の刃が激しくぶつかった。
ストリームエッジを叩きつけたソフィアの手に、オルティスの持つ刀のパワーが突然襲いかかった。
前に押そうとするが、あっという間に手首が手前に曲がっていく。
やがて、ストリームエッジでさえ、その剣先がソフィアの目の前まで傾けられてしまった。
すぐさまオルティスは、刀を下から振り上げ、向きを戻そうとするストリームエッジに襲いかかる。
ソフィアもすぐに剣を振り下ろすが、ストリームエッジの重心に刀を当てられ、今度はソフィアの右に傾けられた。
さらに、剣を正面に向けられない状態でも、オルティスの攻撃は容赦なかった。
刀に立ち向かっては、その度にストリームエッジが弾き返されてしまう。
ソフィアは、オルティスの攻撃に隙を見つけようとするが、その集中力は消耗する体力へと向かっていった。
荒い呼吸が、ソフィアの体とストリームエッジに伝わる。
オルティスは、落ち着いた表情のまま、次々と攻撃を解き放つ。
実力の差は、歴然だった。
ソフィアの目に、一瞬の間だけトライブの姿がオルティスと重なった。
うっすらと見える、永遠のライバルの姿。
ソフィアが何度戦っても、勝つことができない「剣の女王」。
このゲームの最後に戦うべきは、彼女しかいないはずだった。
しかし、その願いは、オルティスの一振りで打ち砕かれようとしていた。
ソフィアの目が、オルティスの目と合ったとき、彼女の手からストリームエッジが草の上に叩き落とされた。
苦笑いを浮かべるオルティスに向かい、ソフィアは涙を浮かべながら頭を下げた。
戦いたかった。
涙ぐんだソフィアの目は、自分のソウルウェポンが形なく消えていくのを、最初から最後まで見ていた。
オルティスは、そう言い残して後ろを振り返った。
ソフィアの目は、彼の姿が見えなくなるまで、追いつけなかった背中を目だけで追い続けた。
そして、オルティスの足音が聞こえなくなると、風が木々の葉を揺さぶる音だけがその場を包み込んだ。
ソフィアは、自分の右手を見た。
ソフィアは、何度か首を振って、もう一度持っている武器を見た。
何も変わらなかった。
それでもソフィアは、何かを思い出したように、「ゲームマスター」に阻まれたあたりを振り返った。
ルールに従えば、そこにはリオンに渡すはずだったコピーのストリームエッジが置かれているはずだ。
だが、いくら探してもそれはなかった。
そこにもう一つ武器があるような、雰囲気すらなかった。
そこで初めて、「ゲームマスター」の言っていた言葉の意味を理解した。
復活がなかった、ということは、「ゲームマスター」から戻されたぶんと、負けて失ったぶんの二つ、ストリームエッジが「ゲームマスター」のところに行ってしまった……。
だからもう、このゲームにストリームエッジは残っていない……。
ソフィアは、オルティスの刀を下に向けたまま、その場に立ち竦んだ。
太くて鞘に収められない。
重くて扱えない。
彼女にとって、再び渡されたオルティスの刀は、この世界で生き抜くには、逆に邪魔になるものだった。
ソフィアは、ゆっくりと顔を上げ、ほとんど聞こえない声でそう呟いた。
だが、その呟きすら止めるような大声が、森の中に溢れかえった。