48 ストリームエッジは二度死ぬ

文字数 2,806文字

このままだと一人どころか……、二人を相手にしなければいけない……。

逃げられるところまで逃げないと……!

ソフィアは、来た方角も気にする暇もなく、森の出口、木の果てるところまで走り出した。

もはや、草を分ける音が追っ手に聞こえることすら気にしなかった。


1対2なら、何度も経験したことがある。だが、相手が相手だ。

とにかく、トライブのいるところまで戻り、2対2で戦えるようにしたい。

心の中で、ソフィアはそれしか抱けなかった。



だが、木と木の間に、突然黒い壁ができた。

俺が、空間を自由に行き来できることを忘れたか。
くっ……!

「ゲームマスター」のシルエットがソフィアの前に現れると、それに飛び込もうとする彼女を両手でふさぎ込んだ。

ソフィアもすぐさま、隣の木へと走ろうとするが、そのたびにシルエットが移動し、ソフィアの逃走を押さえ込む。

逃げられない……か。


このまま、私は強敵を相手にしないといけない……。

ソフィアは、「ゲームマスター」に向かって、ついにストリームエッジを突き出した。

二つ手にしていたストリームエッジは、コピーのものをその場に置いて、ソフィアの戦いやすい体勢を取ることにした。


だが、「ゲームマスター」は何も武器を出す気配がない。

その代わり、ソフィアにまっすぐ手を伸ばし、彼女に背後を見るよう促した。

戦うべきは、俺ではない。

あくまでも、「ソードレジェンド」のルールに従い、脱落してもらう。


ただし、お前が負けた場合、剣の復活はなかったものとするからな。

どういうこと……。

ソフィアは「ゲームマスター」に言い返そうとするが、背後から刀が突き出されたことに気付き、慌てて振り返った。


オルティスが、薄笑いを浮かべていた。

いい加減、気付いたらどうだ。


実力的に、お前がこのゲームに勝つことはできないと。

そんなことはない。


あと二人……、オルティスとトライブだけなの。

もう、ここまで来たらこのゲームで生き抜くしかない。

気力だけは十分な女だ……。


それが、私への最後の抵抗か?

オルティス。


前のように、簡単に負けるわけにはいかない……!

ソフィアの脳裏に、「ソードレジェンド」に転送された直後の光景が蘇った。


トライブと離ればなれになったことに気付き、岩場を歩き出したとき、わずか10歩でオルティスと遭遇した。

そのまま、ソウルウェポンなどと意味の分からない言葉を告げられた後、戦闘が始まった。

状況が分からないまま戦い始めたソフィアは、立て続けに刀を振り下ろすオルティスの力に飲まれ、何一つ抵抗できずストリームエッジを落とした。



だが、今は違う。

五聖剣の一つを落とし、永遠のライバルからも「強い」と言われるほどだ。

今なら、再びのオルティス戦だって勝てるはず。

ソフィアは、地面をしっかりと踏みしめた。


その時、オルティスの足が動き出した。

さぁ、来い!

オルティスが、刀を正面から突き出したままソフィアに走り出した。

それに合わせるように、ソフィアもストリームエッジをかざしたままオルティスに向かう。

木と木の間にしか光が差し込まない、薄暗い戦場。両者の刃が激しくぶつかった。

硬い……!

ストリームエッジを叩きつけたソフィアの手に、オルティスの持つ刀のパワーが突然襲いかかった。

前に押そうとするが、あっという間に手首が手前に曲がっていく。


やがて、ストリームエッジでさえ、その剣先がソフィアの目の前まで傾けられてしまった。

この勝負、あっけなく終わりそうだな……!

すぐさまオルティスは、刀を下から振り上げ、向きを戻そうとするストリームエッジに襲いかかる。

ソフィアもすぐに剣を振り下ろすが、ストリームエッジの重心に刀を当てられ、今度はソフィアの右に傾けられた。


さらに、剣を正面に向けられない状態でも、オルティスの攻撃は容赦なかった。

くっ……!


はっ……!

刀に立ち向かっては、その度にストリームエッジが弾き返されてしまう。

ソフィアは、オルティスの攻撃に隙を見つけようとするが、その集中力は消耗する体力へと向かっていった。


荒い呼吸が、ソフィアの体とストリームエッジに伝わる。

オルティスは、落ち着いた表情のまま、次々と攻撃を解き放つ。


実力の差は、歴然だった。

トライブはオルティスを倒せたんだから……、私だってここで倒せるはず……!

ソフィアの目に、一瞬の間だけトライブの姿がオルティスと重なった。


うっすらと見える、永遠のライバルの姿。

ソフィアが何度戦っても、勝つことができない「剣の女王」。

このゲームの最後に戦うべきは、彼女しかいないはずだった。



しかし、その願いは、オルティスの一振りで打ち砕かれようとしていた。

終わりだ……!
だはっ……!

ソフィアの目が、オルティスの目と合ったとき、彼女の手からストリームエッジが草の上に叩き落とされた。

苦笑いを浮かべるオルティスに向かい、ソフィアは涙を浮かべながら頭を下げた。



戦いたかった。



涙ぐんだソフィアの目は、自分のソウルウェポンが形なく消えていくのを、最初から最後まで見ていた。

お前もこれで、「ソードレジェンド」から脱落した。

意外な伏兵ということで、私は記憶に残すからな。

オルティスは、そう言い残して後ろを振り返った。

ソフィアの目は、彼の姿が見えなくなるまで、追いつけなかった背中を目だけで追い続けた。



そして、オルティスの足音が聞こえなくなると、風が木々の葉を揺さぶる音だけがその場を包み込んだ。

ソフィアは、自分の右手を見た。

右手に、またオルティスの刀を持ってしまった……。

私は、やっぱり負けたんだ……。

ソフィアは、何度か首を振って、もう一度持っている武器を見た。

何も変わらなかった。


それでもソフィアは、何かを思い出したように、「ゲームマスター」に阻まれたあたりを振り返った。

もう一本、ストリームエッジが残っていればいいんだけど……。

ルールに従えば、そこにはリオンに渡すはずだったコピーのストリームエッジが置かれているはずだ。


だが、いくら探してもそれはなかった。

そこにもう一つ武器があるような、雰囲気すらなかった。

そこで初めて、「ゲームマスター」の言っていた言葉の意味を理解した。

お前が負けた場合、剣の復活はなかったものとするからな。

復活がなかった、ということは、「ゲームマスター」から戻されたぶんと、負けて失ったぶんの二つ、ストリームエッジが「ゲームマスター」のところに行ってしまった……。


だからもう、このゲームにストリームエッジは残っていない……。

ソフィアは、オルティスの刀を下に向けたまま、その場に立ち竦んだ。


太くて鞘に収められない。

重くて扱えない。

彼女にとって、再び渡されたオルティスの刀は、この世界で生き抜くには、逆に邪魔になるものだった。

この刀、どうしよう……。

ソフィアは、ゆっくりと顔を上げ、ほとんど聞こえない声でそう呟いた。


だが、その呟きすら止めるような大声が、森の中に溢れかえった。

俺を……、どうするつもりだ!
リオン……!
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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター/剣=アルフェイオス

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳/剣=ストリームエッジ

女剣士で、トライブの最大の親友、かつ最大のライバル。

実力で上回るトライブに追いつき、いつかソードマスターになりたいと強く願っている。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター/剣=ライトニングセイバー

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター/刀=名称不詳

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ゲームマスター


最強の剣を決するゲーム「ソードレジェンド」を司る謎の男。

剣を持ったときの実力は、計り知れない。

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