03 変わり果てたソフィア

文字数 2,638文字

ソフィア、今行くわ!

悲鳴の残響だけを頼りに、トライブはソフィアの居場所を探す。

助けを求めており、もはや一刻の猶予もない状況だった。


少なくとも、その悲鳴は西側に見える丘の向こう側から聞こえてくるようだ。

それまで踏み固められていた道を歩いていたトライブも、ほとんど人が通っていない道を進むしかなかった。

トライブ、いるんでしょ!早く……っ!

再び、激しく剣をぶつけ合う音がトライブの耳に響く。

それと同時に、何かが倒れてくるような重い音までもが流れてくる。



ソフィアが倒された。

トライブの脳裏には、その最悪の結末を次第に思い浮かべるようになっていた。

今行くから……!

丘の周りをおよそ3分の1ほど時計回りに回ると、急にトライブの視界が開けてきた。

その先に広がる草原で、トライブはこの世界で初めての人間の姿を見た。


間に合わなかった。

ソフィア……。


ソフィア、ねぇ!大丈夫?

トライブは、土の上に横たわるソフィアの横まで駆け、中腰になる。

そしてすぐにその体を揺さぶりながら、ソフィアの意識を確かめた。


かすかな呼吸こそ浮かべているが、何度揺さぶってもソフィアの目は開こうとしない。

刀で斬られたような傷が、服のところどころに見える。

ソフィアが何者かにやられたことは、明らかだった。

ごめん……、間に合わなくて。


目が覚めるまで、私はここにいるわよ。


お互い、一番の親友なんだから……。

ほぼ毎日剣を交わしてきた二人の手が、冷たい土の真上で力なく握りしめられる。

先程まで剣――ストリームエッジ――を握りしめていたソフィアの手は、トライブの手が近づくと反射的にその手を握りしめた。

ソフィア……、生きてるのね……。
ん……、んっ……!

嗚咽にも近い声で、ソフィアの唇が語りかける。

そして、ゆっくりと目を開こうとする。


ソフィアの目が見たトライブの姿に、ソフィアはすぐにほほ笑んだ。

そして、トライブの手を振りほどくとゆっくりと起き上がり、彼女を救ってくれた親友の胸に泣きつく。

トライブ……、会いたかった……。


どうして私まで、こんなところにいなきゃいけないの……。

それは、私だって分からないわよ。


でも、命だけは落とさなくてよかった……。

ソフィアがこうして目を開けてくれて……、それだけで私は安心したわ……。

トライブの目に映るソフィアの表情は、安心半分、そして不安が半分のように見えた。


トライブに分かることは、ただ一つ。

ソフィアが謎のゲーム「ソードレジェンド」に迷い込み、戸惑っている状態で誰かにやられたことだけだ。

それにしても、いったい何なの……、これ。


さっき、トライブと化粧水の店に行ったのに、誰かに足を引っ張られて……、気が付いたらこんなところに来て、すぐに知らない剣士と戦うことになって……、負けて……。


説明もされていないのに、いきなりやられるのが納得いかない。

私は、さっきゲームマスターを名乗るシルエットから、少しだけ話を聞いたのよ。


ここは、最強の剣を決めるゲーム「ソードレジェンド」という世界。

私たちのいるオメガピースは、ここにはない。

それで、最強の剣を決めるまでバトルは続く。


……ということなんじゃない?

じゃあ、私が敵に狙われたのは……、私よりも強い剣だと証明するためだった。
間違いなく、そういうことになるわね。

ソフィアの浮かない顔をその目で見ながら、トライブは自らの知っている情報を伝える。

「ゲームマスター」の話を少し聞けば、ソフィアはおろかトライブでさえ、剣の優劣をつけるバトルに否応なしに巻き込まれるのは自明だった。

ところでソフィア。


その剣士、どっちの方向に行ったの?

ソフィアの仇、私が取ってみせるから。

えっ……、トライブ、出会わなかったの?


戦う前に、トライブがこの世界にいるはずだ、と相手は言ってたけど……。

会ってなきゃそんなこと言わないじゃない。

そうね……。


丘を回ってくるときに、行き違いになっただけかもしれないから、今ここで出会ってしまう可能性だってあるわね。

トライブは、アルフェイオスを右手で構え、周囲を見渡した。

先程のように、下から何かが出てくる可能性もあるため、前後左右を見渡した後、足元を確かめる。


すると、そこでトライブは息を飲み込んだ。

ソフィア……。


いま手に持ってる剣、なに……?

ストリームエッジに決まってるじゃない。

だって、いつもトライブとそれで戦ってるんだから。

ソフィアは、軽く笑いながら返事をした。


直後、その表情が凍り付いた。

……全然違う剣を持ってる。

ミドルサイズで剣身もそれほど太いわけではない剣。

ストリームエッジが、トライブがほぼ毎日目にしてきたソフィアの武器だった。


だが、ソフィアの手に握られていたのは、ストリームエッジよりもやや長く、その刃が鋭くなっている、殺傷用の刀だった。

どういうこと……。


まさか、この世界に送り込まれるときに、違う武器にさせられたってこと?

そんなわけないじゃない。


私は、ストリームエッジを持ってこの世界にやって来た。

それで、ちゃんとストリームエッジで戦ったはずなの。


トライブだって、いまアルフェイオス持ってるじゃない。

言われてみれば、そうよね……。


じゃあ、どうしてソフィアの武器が変わってしまったのかしら……。

トライブは、ソフィアの横に回り、彼女の手にしている刀を軽く手に取る。

その刀に触れた瞬間、トライブは脳裏にある剣士を思い浮かべざるを得なかった。


オルティス……。


これは、オルティスの持っていた刀よ……。

オルティス……。


そんな剣士、知らない。

ソフィアの手に持つ刀を再び見つめ、トライブは自らの記憶を確かめる。

そして、その記憶が確信へと変わると、再びソフィアに顔を向けた。

そう、この刀は間違いなくオルティスのものよ。


彼は、私たちより後にオメガピースに入った、邪悪なソードマスター。

私も未来の世界に飛ばされたときに戦ったけど、かなりの実力がある、手強い相手だった。

私だって、完敗を喫したぐらいなんだから。

そんな剣士なのね……。


たぶん、私がさっき戦ったのも、そのオルティスって剣士に違いない。

ソフィアが小さくうなずくのを見て、トライブも首を縦に振ろうとした。


その時、彼女は何かを思い出したかのようにソフィアに告げた。

ソフィア……。


戦ったのが本当にオルティスだとしたら、いくつもおかしいところがあるわよ。

普通の世界じゃ、絶対にありえないことが、いくつも……。

ソフィアの持つ剣に向けて顔をしかめたトライブ。

彼女は、少しずつこの世界の真実を突き止めようとしていた。

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登場人物紹介

トライブ・ランスロット


25歳/17代目ソードマスター/剣=アルフェイオス

男性の剣豪をも次々と圧倒する女剣士。軍事組織「オメガピース」では、女性初のソードマスター。相手が隙を見せたときに力を爆発させるパワーコントロールと、諦めを許さない熱いハートで強敵に立ち向かう。その強さに、「クィーン・オブ・ソード」と称されるほど。

ソフィア・エリクール


25歳/剣=ストリームエッジ

女剣士で、トライブの最大の親友、かつ最大のライバル。

実力で上回るトライブに追いつき、いつかソードマスターになりたいと強く願っている。

リオン・フォクサー


21歳/9代目ソードマスター/剣=ライトニングセイバー

地元ルーファスで自ら率いる自警団「青い旗の騎士団」で活躍し、「オメガピース」でもソードマスターの座をつかみ取る。力でグイグイ押していくパワー型の剣士。

オルティス・ガルスタ


年齢不詳/20代目ソードマスター/刀=名称不詳

「悪魔の闇」を打ち破った者は願い事を叶えることができる。その言い伝えに身を投じ、世界の支配者になろうとする邪悪なソードマスター。パワーやスピードは歴代ソードマスターの中で最高レベル。

ゲームマスター


最強の剣を決するゲーム「ソードレジェンド」を司る謎の男。

剣を持ったときの実力は、計り知れない。

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