03 変わり果てたソフィア
文字数 2,638文字
悲鳴の残響だけを頼りに、トライブはソフィアの居場所を探す。
助けを求めており、もはや一刻の猶予もない状況だった。
少なくとも、その悲鳴は西側に見える丘の向こう側から聞こえてくるようだ。
それまで踏み固められていた道を歩いていたトライブも、ほとんど人が通っていない道を進むしかなかった。
再び、激しく剣をぶつけ合う音がトライブの耳に響く。
それと同時に、何かが倒れてくるような重い音までもが流れてくる。
ソフィアが倒された。
トライブの脳裏には、その最悪の結末を次第に思い浮かべるようになっていた。
丘の周りをおよそ3分の1ほど時計回りに回ると、急にトライブの視界が開けてきた。
その先に広がる草原で、トライブはこの世界で初めての人間の姿を見た。
間に合わなかった。
トライブは、土の上に横たわるソフィアの横まで駆け、中腰になる。
そしてすぐにその体を揺さぶりながら、ソフィアの意識を確かめた。
かすかな呼吸こそ浮かべているが、何度揺さぶってもソフィアの目は開こうとしない。
刀で斬られたような傷が、服のところどころに見える。
ソフィアが何者かにやられたことは、明らかだった。
ほぼ毎日剣を交わしてきた二人の手が、冷たい土の真上で力なく握りしめられる。
先程まで剣――ストリームエッジ――を握りしめていたソフィアの手は、トライブの手が近づくと反射的にその手を握りしめた。
嗚咽にも近い声で、ソフィアの唇が語りかける。
そして、ゆっくりと目を開こうとする。
ソフィアの目が見たトライブの姿に、ソフィアはすぐにほほ笑んだ。
そして、トライブの手を振りほどくとゆっくりと起き上がり、彼女を救ってくれた親友の胸に泣きつく。
トライブの目に映るソフィアの表情は、安心半分、そして不安が半分のように見えた。
トライブに分かることは、ただ一つ。
ソフィアが謎のゲーム「ソードレジェンド」に迷い込み、戸惑っている状態で誰かにやられたことだけだ。
それにしても、いったい何なの……、これ。
さっき、トライブと化粧水の店に行ったのに、誰かに足を引っ張られて……、気が付いたらこんなところに来て、すぐに知らない剣士と戦うことになって……、負けて……。
説明もされていないのに、いきなりやられるのが納得いかない。
私は、さっきゲームマスターを名乗るシルエットから、少しだけ話を聞いたのよ。
ここは、最強の剣を決めるゲーム「ソードレジェンド」という世界。
私たちのいるオメガピースは、ここにはない。
それで、最強の剣を決めるまでバトルは続く。
……ということなんじゃない?
ソフィアの浮かない顔をその目で見ながら、トライブは自らの知っている情報を伝える。
「ゲームマスター」の話を少し聞けば、ソフィアはおろかトライブでさえ、剣の優劣をつけるバトルに否応なしに巻き込まれるのは自明だった。
トライブは、アルフェイオスを右手で構え、周囲を見渡した。
先程のように、下から何かが出てくる可能性もあるため、前後左右を見渡した後、足元を確かめる。
すると、そこでトライブは息を飲み込んだ。
ソフィアは、軽く笑いながら返事をした。
直後、その表情が凍り付いた。
ミドルサイズで剣身もそれほど太いわけではない剣。
ストリームエッジが、トライブがほぼ毎日目にしてきたソフィアの武器だった。
だが、ソフィアの手に握られていたのは、ストリームエッジよりもやや長く、その刃が鋭くなっている、殺傷用の刀だった。
トライブは、ソフィアの横に回り、彼女の手にしている刀を軽く手に取る。
その刀に触れた瞬間、トライブは脳裏にある剣士を思い浮かべざるを得なかった。
ソフィアの手に持つ刀を再び見つめ、トライブは自らの記憶を確かめる。
そして、その記憶が確信へと変わると、再びソフィアに顔を向けた。
そう、この刀は間違いなくオルティスのものよ。
彼は、私たちより後にオメガピースに入った、邪悪なソードマスター。
私も未来の世界に飛ばされたときに戦ったけど、かなりの実力がある、手強い相手だった。
私だって、完敗を喫したぐらいなんだから。
ソフィアが小さくうなずくのを見て、トライブも首を縦に振ろうとした。
その時、彼女は何かを思い出したかのようにソフィアに告げた。
ソフィアの持つ剣に向けて顔をしかめたトライブ。
彼女は、少しずつこの世界の真実を突き止めようとしていた。