第120話 勤務初日

文字数 1,825文字

 とにもかくにも、まずは着替えていただきましょう。

「ピアスは取ってくださいね」
「あーい。あ、ツケマはOKだよね? てかこれ取ったらあたしの顔まじやばだかんね。(うす)! って感じ? ひゃは! 目どこ? とか言ってね。いやそれは言い過ぎっしょ普通に。ウケる。あははは! あね、でも見て。ネイルは取ってきた。偉くない? 偉い! 自爪(じづめ)とかほんと十年以上ぶりだもんね。これはまじすごいこと」

「あはは……。えっと、つけまつ毛は……できればない方がいいですけど。あと梅田さん、香水してます?」

 お菓子とは違う甘い香りにさっきからくらくらしていた。

「ぶは! 『梅田さん』とか。あんみつちゃん。『ひより』でいいから。ってかぶっちゃけまだ『梅田』に慣れてないしね。呼ばれてもたぶん反応しない。やば。あははははっ!」

 うう。ほしい返事がそれじゃないいい。

「なるべく香水は控えてくださいね。柔軟剤とかも最低限で。香りは特にお客様への印象に影響──」「ああん。わかってるってばぁ。香水はたぶん服に染み付いてんの。体には付けてないから多目に見てえ?」

「……わかりました。えっと、あと髪はできるだけ束ねてほしいんです」
「ね、あんみつちゃん、いくつ? 歳」
「うう……と、今年24です。えっと、髪」
「まじ。()っかいママじゃん。いいねえ~。女の子? 男の子? てか予定日いつなの?」

 言いながら「これでOK?」とざっくりポニーテールにしてくれた。それでもボリュームはまだかなりあったけど、まあよし。

「てか旦那は? 職場婚? あ、もしかしてこのお店にいるとか!?

「えっと……」

 質問の嵐に困り果てているとロッカー室の扉の方から兼定くんの声がした。

「いつまでやってんの。開店時間だよ」

 梅田さん……ひよりさんは口だけで「うわ」と言ってその大きな目で兼定くんがいると思われる扉の方をギョロリと見る。「すぐ出ます」と慌てて私が答えた。

「まず簡単にスタッフ紹介しますね」

 言って厨房へ案内した。

「ええと。まずは店長。本店と区別するために、本店は『シェフ』、ここ二号店は『店長』と呼んでいて──」

「てかなに。店長? やっば、まじイケメンじゃん。すご。てか若い! え、何歳?」

 ひいいいい! ひよりさんっ!

 さっそく雷が落ちやしないかと冷や汗が噴き出した。けれど兼定くんは「どーも」と素っ気なく言って一瞥しただけで作業に戻ってしまった。

 んん……。これは出来るだけ関わらせないのが吉と見た。いつ「舐めてんの?」「帰れ」と噴火してもおかしくない雰囲気だ。

「えと、パティシエさんはもうひとり。こちらが神崎(かんざき) (たすく)くん」

 目の保養~。などと言ってまだ兼定くんを観察していたひよりさんをコンロ付近で作業中の佑くんのもとへと引っ張る。

「え、タスク? あっは、中学ん時の元カレと同じ名前なんだけど!」

 手を叩いてひとり大笑いするひよりさんにさすがの佑くんも苦笑いを浮かべていた。

「佑っちは何歳?」
「え、21です」
「若い! てかなに、かわいい! ね、野球部だったっしょ佑っち。絶対そう」

 え。なにそれ、なんでわかるの?

「……そうっすけど」

 しかもそうなんだ!?

 ひよりさんは「やっぱねえー」としたり顔をして「わかるよ。あたしねえ、こう見えてマネージャーだったから」とウインクを飛ばした。

 と、そこに兼定くんが洗い物を抱えて通りかかる。

「邪魔。無駄口利くな。さっさと売り場行って」

 う。これは久々に『鬼の小野寺』の降臨だ……。

「はい! すぐに!」と私が返事をして「えー、まだ佑っちと絡みたいのに」とごねる怖いもの知らずのひよりさんを厨房から引っ張り出した。

「ふんーだ。てか店長こーわ。いつもあんな?」

 今日だけです。なんて言えない。

「ね、あの人何歳? あんみつちゃんは知ってるでしょ?」

「え。……今年26ですけど」
「え! おないじゃん!」

 はい。……(おな)い年、ですね。

「へーえ、26で店長とか。相当デキる系なの? それともパティシエってそういう感じ?」

「んん。どっちもですかね」

 同い年と知って俄然興味が湧いたようでそれからもひよりさんはちらちらと厨房を覗いて兼定くんを見ていた。もう、本当に雷落ちるよ。

 そんな調子であれこれ尽きないお喋りに付き合ううちにあっという間に時間が過ぎた。

 初日ということでひよりさんは午前で退勤。「えー、もう? 足りなーい」と言っている背中を笑顔で「おつかれさまでした!」と半ば強引に見送った。

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