第100話 似た者同士?

文字数 1,256文字

 兼定くんが帰宅したのは私より二時間近くあとでのことだった。帰宅早々に荒れているのが物音でわかる。

 ただいま、もそこそこにキッチンにいた私の後ろを通り過ぎて「あーくそ」と言いながら冷蔵庫の扉を開く。お酒だ、と瞬時に察した。

「どうだった……?」

 控えめに訊ねると兼定くんは冷えた缶のお酒を片手に「あんみつ」と私を呼ぶ。

「似てるかよ!? 俺とあいつが」

 珍しく家で大きな声を出すから驚いた。あいつ、とはもちろん(たすく)くんのことだよね。

「どこが! どこにせよあんな低レベルな奴と一緒にされちゃ堪んねーわ」

 ったく、とソファにどかりと腰を落として缶のお酒を開栓した。ぐ、と喉を鳴らして「ああ」と俯く。

 つまりはシェフに(たすく)くんと兼定くんが『似ている』と言われたらしい。なるほどそれでご乱心なのですか。

「プリンの件は」
「呆れるよ。こういうの初めてじゃないらしい」
「え」

 本店でも彼のミスはよくあったらしい。さすがにここまで影響を及ぼすミスは今回が初めてだそうだけど。

「シェフは……なんて」

「あのおっさん。ほんと嫌だ」

 兼定くんはそう言って大きくため息をついた。

 ──うはは。ほんと面白いよね。(たすく)くんって。

 シェフは軽くそう笑ったんだそうです。

「え、お咎めなし?」
「『もう絶対すんなよ』とは言ってたけど……あんなんじゃ反省しないっしょ」

 ──ま、見放さずに面倒見てやってよ。キミたち似た者同士なんだから。

 似た者同士……。

 そりゃあ失敗ばかりの(たすく)くんと『似ている』なんて言われたら兼定くんにしたら心外だろう。だけど……。

 『似ている』っていうの、私にもちょっとわかる気がする。腕はたしかに兼定くんの方がいい。だけど〈生意気な後輩〉というか、そういう所ね。もちろん言わないけど。

「あー。新人でいいから今から他のに変えてくんないかな」
「そんなことできないでしょ」
「なんで。このままじゃ店潰れるよ」

 言ってまたお酒をあおった。すでに空っぽだ。

「しかもさ。勉強まで見てやれって」

「勉強?」

 訊ねると「そう」と頷いて「ま、予想通りっつーか、あいつ持ってないんだって」と言う。

 持ってない……?

「製菓衛生師免許」

「え」

 聞けば製菓衛生師免許はなくてもパティシエさんにはなれるんだそう。実際その試験合格率は七、八割で、専門学校を卒業していても免許を持っていないパティシエさんも珍しくないらしい。

「勤務時間外まであのくそヅラ見なきゃなんないなんて最悪だろ。だいたいなんで俺がそこまでしなきゃなんないわけ? あいつの問題なんだからあいつが自力でなんとかすべきだろーが」

 おお、荒れてる荒れてる。

「試験はいつなの?」
「夏。八月あたま」

 むう。三ヵ月と少しか。
「あんまり時間ないね。これからみっちりやるの?」

 勤務後の夜とか、休日も? まさかうちに来たりも……?

「さあ。あいつのやる気があればの話」
「やる気は……」
「ないっしょ」

 素っ気なく言うと、話は終わり、と言わんばかりに立ち上がって空っぽの缶を私に渡すと「シャワー浴びて来る」と部屋を出ていった。

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