第54話 ヴァンドゥーズとして?

文字数 927文字


 え。

 え。

 え!?

 ひゅ、っとお腹に心臓が抜けるような感覚がした。だってそれは、出会ってから今まで絶対に言わないように、聞かないようにしてきたまさかの言葉だったから。

「どう。優勝したご褒美ってことで」

「まだ……酔ってる?」

 これが精一杯だった。

「酔ってるように見えるかよ」

 全然、まったく、見えません。

 小野寺くんはその全然酔ってなんかなさそうな真剣な瞳で私を見つめた。

「俺は将来あんみつと店がやりたい。現時点ではおまえとやる以外考えてない」

「……や、私そんなすごいヴァンドゥーズじゃないよ?」

「今はね。それは俺も同じ。でも信頼できる。それっていちばん大事なことっしょ」

 う、うわあ。そんなこと言ってもらえるんだ? ヴァンドゥーズとして、こんな嬉しいことってないよ。

 ……ん、あれ。

 でもさ。ちょっと待ってあんみつ。

 『ヴァンドゥーズとして』?

 待ってよ? よく考えて。うん、よく考えて、あんみつ。そう、よく考えてみよう。

 なんか、気になる?

「あの」

「なに」

「それは」

「は?」

「ヴァンドゥーズとして好き、ってこと?」

 私の問いに今度は小野寺くんが固まってしまった。

「そう……いや違う。や、違うわけでもない……けど」

 歯切れが悪いにもほどがある。

「それはつまり、私がヴァンドゥーズじゃなかったら、例えばパティシエさんとかだったら、付き合いたいとは思わなかったってこと?」

 こんなこと自分で言いたくないけど、その、女性的魅力や人間的魅力、という部分で私はどうなんでしょうか……。

「あんみつはヴァンドゥーズだろ」
「そうだけど」

 そうだけど。それでいいのかな。よくないよね。だってそれは私の表面の部分だけだし。

「その理由なら、……付き合いたくない」

 私はヴァンドゥーズだけど、ヴァンドゥーズなだけじゃないもん。私くらいのヴァンドゥーズなら、きっとほかにもたくさんいるもん。もっと美人で素敵な人だって、きっと……。

「……ごめん。やっぱ帰るね」

「待てよ」
「やだ」
「あんみつ」
「だって」

 小野寺くんにとって私は、ヴァンドゥーズでしかない。それなら、

「同期のままでいいから」

 今のままの方がいい。それがいいんだ。絶対そう。

 絶対そうなのに。

 なんでこんなに心が痛いの。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み