第32話 夢見るお嬢さん

文字数 1,408文字

 ひとつはせりなちゃんが味見をし、残りの二つを袋とリボンでラッピングした。

「この家、なんでもあるね」

 製菓材料や器具はもちろんのこと、ラッピング包材まで選べるくらいに豊富で驚いた。

「ラッピング包材は検定の勉強でいろいろ揃えたから」

「検定?」

「そのくらい知っててほしいんだけど」

「ぐ……すみません」

 ヴァンドゥーズとして持っておくと良い検定に『商業ラッピング検定』というものがあるんだそう。

「これテキスト。よかったらやるよ」

「え、いいの?」

「いいよ、もう終わったし。あとこれとか、これも」

 言いながら本棚からほいほい出てくるのはどれも難しそうなテキストばかり。

「お、小野寺くん、これ全部持ってるの?」

「まあ」

 ヤバい。この人本物のヘンタイだ。

 ごそごそと本棚を整理している小野寺くんの背中から、そっと視線を部屋に移してみた。

 六畳ほどのワンルーム。ベッドがそのほとんどを占めるけど、その上にも床にも脱ぎ捨てた部屋着や下着までもが散乱していた。ハンガー掛けにはいつも見る上着と部屋着の洗い替えなのか、同じような服が掛かっている。

 脱ぎ捨てた衣類に溶けきったケーキ店の保冷剤が所々混ざっているのがなんとも小野寺くんらしい。

「勉強もいいけど、もうちょっと部屋片付けたら?」

 気づかなかったけど私の足元にも下着が一枚落ちていて慌てて身を縮めた。

「南美と同じこと言ってる」

「南美ちゃんもここに?」

「クリスマスの日。結局潰れてここで朝まで」

「ああ」

 あの日意識不明になった小野寺くんはシェフの「帰るよ」のひと声で嘘みたいに目を覚まして「おつかれした」と頭を下げてちゃんと帰宅したんだ。ダメだったのはワインを飲んだ南美ちゃんの方で。結局お兄ちゃんのお世話になったということらしい。

「ベッドとられて最悪だった」

 言いながらちらとベッドを見るので、私もそれに倣う……と。

「は。なんで寝てんの?」

 せりなちゃんが幸せそうに布団に包まれて寝息を立てていた。なんでそうなったの。静かだと思ったら。

「男の家で勝手に寝るとか……この子ほんと、どういう神経してんの」

「せ、せりなちゃーん、起きてー!」

 王子様のキスを待つような寝顔の夢見るお嬢さんを無理やり起こして、呆れる小野寺くんに何度もお礼を述べてさっさと退散した。はあもう。最後までせりなちゃんにやられた。

「ね。いい雰囲気になった?」

「はあ?」

 帰り道で思いもしないことを言うから驚いた。

「お二人の邪魔かなー、と思って、寝た

してあげたんだからね」

 フリっていうか、完全に寝てましたよね。

「あの。どれだけ期待しても小野寺くんと私はなんにもならないですからね?」

「なんで? お似合いなのに」

 懲りずに口を尖らせる。困った人だ。

「あ、そだ。ペアチケットは? 渡した?」

「あ……忘れてました」

 渡すつもりもなかったけど。

「ならそれ、あんみつちゃんからバレンタインとして渡してみたら? うんうん、それがいい! 絶対二人で聴きに来て! 損はさせないから!」

 にっこりと素敵に笑って、「じゃあね!」とスキップするように去って行った。

 バレンタインに、なんて……。
 もらったチケットを確認すると日付はバレンタインデーの四日後、次の土曜日となっていた。上手い具合に開演時刻は夜の七時。仕事で行けないという言い訳はできないみたいだ。

 絶対断られるよ……。

 またしても彼女に憂鬱なミッションを託されてしまった。

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