第34話 受け取れない!?

文字数 1,418文字

 家に帰ると食卓テーブルに見慣れない小さな箱があった。

「これなに?」

 お洒落でモダンな色合いのその箱は、L判の写真くらいの大きさ。小さい割に物凄く存在感を放っている。顔を近づてけみると、隅に金色の小さな文字でなにか書いてある。

【Tadanobu Inazka】

 タダノブ・イナヅカ?

 まじまじと眺めていたら現れたお母さんが「ああそれ」と教えてくれた。

「東京のカヨ叔母さんからあんたにお土産。ケーキ屋さんで働いてるんなら興味あるだろうからって」

 へえ、と持ち上げてみると重いような軽いような。

「チョコレートだって。なんかすごくならんで買ったとかって言ってたけど。結構するみたいよ」

 検索してみると洗練された都会的なホームページが開いて驚いた。

 へえ。東京にはこんなすごいケーキ屋さんがあるんだ。画面に映し出された色鮮やかな都会のケーキを流し見てから手もとに置いた小さな箱をもう一度見つめて、はたと閃いた。



「小野寺くん」

 ()しくも今日がバレンタインデーの当日だった。

 通常だったら定休日のはずの本日火曜、バレンタインデーのためシャンティ・フレーズは臨時で営業日となっていた。

「おつかれ。なに」

 躊躇いもあり、もたもたしてしまいロッカー室で声をかけ損ねて慌てて走って追いかけた。吐く息の白い、星が綺麗な真冬の空の下。

「あの……その」

「なに」

 恥ずかしい。やっぱりどうしても恥ずかしい。告白するわけでもないのになんでこんなシチュエーションに耐えなければならないの。

 でも一応考えてきた名目はある。

「こ、この前たくさんテキストとかもらったから、そのお礼、というか」

 そう。これなら大丈夫、のはず。

「はあ」

 相手は案外見当がついていないらしく気の抜けた返事を寄越す。

「それで……これをね。どうかな、と」

 ちらと例の箱を見せると、相手は一瞬不審げに見つめて、それからはっと瞳を大きくした。

「うそ。なんでおまえがこれを?」

「え……」
 まさかパッケージだけでわかるの?

「すご。本物かよ……タダノブ・イナヅカ?」

「知ってるの?」
「あたりまえ!」

 予想外の反応に戸惑った。

「バレンタインだから、その」

「俺に?」

 こくり、と頷いた。

「……いや、いや、いやいや」

 すると小野寺くんはどういうわけかそう言いながらふらりと視線を逸らせて頭を抱えてしまった。

「……う、受け取れない」

 え?

「なんで!?
「いや、でも欲しい」
「……はあ?」
「めっちゃくちゃ欲しい」

 ううう、と唸った。どうやらかなり葛藤しているらしい。

「なんで? いいよ、もらってってば」
「いや……」
「ほら、遠慮なく」
「……はー、おまえさ」

 出た。久々にこのセリフ。

「これ一箱いくらするか知ってんの?」

「え」

 箱のサイズからして恐らく六粒入りというところだろうか。よくある量産系のチョコレートならこのくらいの箱なら六百円、高くても千円以内? でもこれは有名店のチョコレート。となると……?

「税込 二六四○円。しかも店頭でしか買えない激レアの限定品」

 なんですと。

「だいたい東京とかの有名ショコラティエのチョコレートの相場ってそんくらいだよ、手頃なのでも一粒三百円以上。上はキリがない」

「なんて世界……」
 チョコレートひと粒がケーキとほぼ同じ値段だなんて。

「だから、ああ、でもなぁ……」

 そうしてまた葛藤が始まってしまった。どうしたものか。

「あんみつ」

「はい」

「うちに来て」

「へ」

 なぜそうなるのでしょうか。

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