第20話 青天の霹靂

文字数 1,144文字

 そんなわけで、街路樹のイチョウが今日も黄金色(こがねいろ)に輝く秋深まる本日。

 早速も早速だけど、ひとりの若者がお店に訪れていた。

 その名目はそう、『面接』。

 春に那須さんとタケコさんが抜けることが決まったために急きょ正社員として働けるパティシエさんの募集をかけることとなった我らのシャンティー・フレーズ。

 そんないきなりでは難しいのでは、と思ったけれどそれは案外すんなりと問い合わせがあったようで。

 あれよあれよ、と今日を迎えたわけでした。

 上下黒のリクルートスーツに身を包んだ初々しい学生さんを前に私まで緊張してしまいそう。大きな目に通った鼻筋。素敵なこの笑顔に見覚えがある気がするのは、お客様として来店歴があるからかな? などと考えていたのだけど。

「小野寺 南美(みなみ)です」

 ん……。

 オノデーラ?

 確認する間もなく「はいはい。こっちどーぞ」とシェフが休憩室へと案内して面接が始まったらしい。え。ゆうこさん、小野寺くん?

「あれ。あんみつちゃんに言ってなかったっけ、ごめんごめん。今日の面接の子、妹さんなの。小野寺くんの」

 な……なんですってぇ!?

 青天の霹靂。

 小倉(おぐら) 果実(かじつ)、通称あんみつちゃん。この日、生まれて初めてその言葉を使いたいと思いました。

「え? え? い、妹!?

「そう。妹さんも同じ製菓学校でパティシエール志望。年子だからね、来年の新採用ってことね」

「ちょーっと待ってくださいねー……」

 一旦停止した思考を再起動してみた。ははあ、なるほど。年子のパティシエ兄妹というわけね。小野寺きょうだい。なるほど。

「同じ職場で……いいんですか?」

 恐る恐る、小野寺くんの顔を見た。

「だから。べつにいいよ」

 頭に『だから』が付くということは、それだけ何人もに同じことを訊ねられたからだ、たぶん。

「やりにくくないの?」
「関係ないし」
「妹さんが先に厨房でも?」
「俺は俺」
「でも……」
「関係ない」

 シェフの面接がゆるゆるでほぼ即採用というのは私もよく知っていた。これは……まさかの同僚兄妹が実現するのかも。

「仲は……いい?」

 どうやっても妹を愛でる小野寺くんは想像できない。うん、できない。いやでも、なくも……ない? まさかの? どう?

「仲? さあ。しばらくちゃんと喋ってないし」

 淡く期待したそこでのギャップはないらしい。まあいきなり妹にデレられても困るけど。

「あいつの仕事ぶりは好きじゃない。趣味の菓子作りの域を超えてない。雑、未熟、とろい、おまけに打たれ弱い。ついでに頭も悪い。理解力が低い」

「う……言い過ぎです」

 案の定の辛辣ぶりに早くもめまいがした。本当に自分にも周りにも厳しいんだから。

 なるほど……これは波乱の予感だな。

「はい! よろしくお願いします!」という元気な声が休憩室から聴こえていた。

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