第22話 不本意です
文字数 1,392文字
そんなわけで翌朝、この人にシェフから声が掛けられたというわけ。
「小野寺くん」
「……」
「小野寺」
「……なんすか」
「厨房 」
「……」
「厨房 やって」
「不本意です」
「俺だってそうだよ」
これが普段のシャンティ・フレーズだったら、きっと抜けた穴はそのままにしただろう。でも今は『普段』じゃない。年に一度の大イベント、クリスマスなんだ。
「けどそんなこと言ってる場合じゃない。今那須くんの代わりが務まるのは小野寺だけだよ」
わ。シェフからこんなこと言われるなんて、これは嬉しいんじゃない? 小野寺くんの顔をちらりと見ると、少しも喜んではいないようだった。
「……いいんすか。『不完全』な俺で」
ひょええ。なんでここで挑発的なわけ!? この捻くれ者が!
「ははん。やれない?」
ばち、と二人が見つめ合った。腕組みをして微笑を浮かべるシェフはなんだか楽しんでいるようにも見える。
「どうする小野寺。やれんの? やれないの?」
な。まさかの挑発返し!? 小野寺くんはそんなシェフからそろりと視線を逃がして俯き気味に「ふ」と笑った。
改めて向かい合うと、び、とその頭を下げて言う。
「……すみません。やりたいです! やらせてください!」
うっひゃあ! これにはあんみつ、痺れました。だってすごくかっこよかったんだもん……。
自分の立場も忘れてうっかりそんなことを思っていると、お店の電話が鳴った。まだ開店前。ん、なんだか嫌な予感がする。
『あー、あんみつちゃん? せりなでーす。なんかぁ、風邪? 熱出ちゃって。クリスマスもお休みしまーす、ってゆうこさんに伝えてくれるぅ?』
ちょっと待ってくださいよ。小野寺くんが厨房に、せりなちゃんがお休み、これって……もしや大ピンチでは?
「とにかく明日と明後日が山だから。今日のうちに少しでもこのメンバーでの仕事に慣れて、クリスマスを乗り越えていこう」
そんなシェフの朝礼があった、その夕方。
「タケコさん? なんか手、震えてません?」
「や……だいじょぶ」
もごもごと俯いて答えたその顔を南美ちゃんが覗き込んで「あ!」と声を上げた。
「顔、赤いですよ!? 熱あるんじゃないですか!?」
自覚した途端力が入らなくなってしまうというのは人体の不思議。
ひいいいい。タケコさんまで倒れた……。
日付は12月22日。イブのご注文が最も多いので厨房の繁忙ピークは前日23日午後。つまり明日。
厨房に残されたのはシェフと小野寺きょうだいだけとなりました……。
「私たちも、かなりヤバいね」
そう言うのはゆうこさん。そう。私たちもクリスマスをたった二人で越えたことはこれまでないのです。
お店中の冷蔵庫と外の臨時冷蔵車までがデコレーションケーキの箱でパンパンになるくらいに膨大な注文数。それを手際よく、素早くそして間違いなくお客様にお渡ししていかなくてはならない。
その上で通常通りプチガトーのご注文や、当日販売のデコレーションケーキのご注文もお受けする。もちろんその補充も。
普段から失敗が多いせりなちゃんはともかく、頼りの小野寺くんを欠いたシャンティ・フレーズの販売員というのは想定外だし想像もできなかった。
でも……やるしかないんだ。
「ゆうこさん」
「ん?」
「本気、出してください」
私が言うと大福もちの上にあるその丸い目はぱちぱちと瞬かれ、やがて、ふ、と細まった。
「そうね。こんな時くらいはね」
「小野寺くん」
「……」
「小野寺」
「……なんすか」
「
「……」
「
「不本意です」
「俺だってそうだよ」
これが普段のシャンティ・フレーズだったら、きっと抜けた穴はそのままにしただろう。でも今は『普段』じゃない。年に一度の大イベント、クリスマスなんだ。
「けどそんなこと言ってる場合じゃない。今那須くんの代わりが務まるのは小野寺だけだよ」
わ。シェフからこんなこと言われるなんて、これは嬉しいんじゃない? 小野寺くんの顔をちらりと見ると、少しも喜んではいないようだった。
「……いいんすか。『不完全』な俺で」
ひょええ。なんでここで挑発的なわけ!? この捻くれ者が!
「ははん。やれない?」
ばち、と二人が見つめ合った。腕組みをして微笑を浮かべるシェフはなんだか楽しんでいるようにも見える。
「どうする小野寺。やれんの? やれないの?」
な。まさかの挑発返し!? 小野寺くんはそんなシェフからそろりと視線を逃がして俯き気味に「ふ」と笑った。
改めて向かい合うと、び、とその頭を下げて言う。
「……すみません。やりたいです! やらせてください!」
うっひゃあ! これにはあんみつ、痺れました。だってすごくかっこよかったんだもん……。
自分の立場も忘れてうっかりそんなことを思っていると、お店の電話が鳴った。まだ開店前。ん、なんだか嫌な予感がする。
『あー、あんみつちゃん? せりなでーす。なんかぁ、風邪? 熱出ちゃって。クリスマスもお休みしまーす、ってゆうこさんに伝えてくれるぅ?』
ちょっと待ってくださいよ。小野寺くんが厨房に、せりなちゃんがお休み、これって……もしや大ピンチでは?
「とにかく明日と明後日が山だから。今日のうちに少しでもこのメンバーでの仕事に慣れて、クリスマスを乗り越えていこう」
そんなシェフの朝礼があった、その夕方。
「タケコさん? なんか手、震えてません?」
「や……だいじょぶ」
もごもごと俯いて答えたその顔を南美ちゃんが覗き込んで「あ!」と声を上げた。
「顔、赤いですよ!? 熱あるんじゃないですか!?」
自覚した途端力が入らなくなってしまうというのは人体の不思議。
ひいいいい。タケコさんまで倒れた……。
日付は12月22日。イブのご注文が最も多いので厨房の繁忙ピークは前日23日午後。つまり明日。
厨房に残されたのはシェフと小野寺きょうだいだけとなりました……。
「私たちも、かなりヤバいね」
そう言うのはゆうこさん。そう。私たちもクリスマスをたった二人で越えたことはこれまでないのです。
お店中の冷蔵庫と外の臨時冷蔵車までがデコレーションケーキの箱でパンパンになるくらいに膨大な注文数。それを手際よく、素早くそして間違いなくお客様にお渡ししていかなくてはならない。
その上で通常通りプチガトーのご注文や、当日販売のデコレーションケーキのご注文もお受けする。もちろんその補充も。
普段から失敗が多いせりなちゃんはともかく、頼りの小野寺くんを欠いたシャンティ・フレーズの販売員というのは想定外だし想像もできなかった。
でも……やるしかないんだ。
「ゆうこさん」
「ん?」
「本気、出してください」
私が言うと大福もちの上にあるその丸い目はぱちぱちと瞬かれ、やがて、ふ、と細まった。
「そうね。こんな時くらいはね」