第11話 二店目

文字数 2,381文字

 二軒目は旅館から少し離れた場所で、バスに乗ってたどり着いた。

 郊外ということで敷地も広く駐車場もたっぷり。店先のガーデニングもなかなか凝っていて夢の世界をしっかりと演出していた。

「さっきと違いすぎる」

「まあ立地が違うし、ターゲットも違うから」

 言われて見回すと若いカップル風の男女やお子さん連れのファミリーが多く見られた。

「ここはこの辺りで一番デカいケーキ屋。駅前に二号店も出てる」

「おお。期待できますね」

「ちゃんとしたヴァンドゥーズも見られるんじゃね?」

 ふんふん、と頷きながら手入れされた花々が揺れるメルヘンチックなお庭を抜ける。大きな自動ドアをくぐるとひんやりとした空気と甘い香りに包まれて、目にはたくさんのヒマワリの造花が鮮やかに飛び込んできた。

【ひまわりはちみつパウンド】

 造花の中に可愛らしい文字が見える。なるほど、ヒマワリのはちみつを使用したパウンドケーキを推しているんだ。

 七夕とお盆の過ぎたこの時期、お店のレイアウトは正直悩みどころ。ハロウィンはまだ早いし、かと言って敬老の日やお月見はひと月も前から推すには弱い。そこに夏らしいヒマワリというアイテムを使うのはすごくいいアイディアだと思う。

 優雅なピアノのBGMが流れる店内を進むと、次はばら売りの焼き菓子が可愛らしくディスプレイされていた。小さなカゴに好きなものを選んで取れるようになっている。これは乙女心をくすぐられるわ。もちろんお洒落な箱入りの販売も各サイズ取り揃えてあった。

 そこを抜けると次はバウムクーヘンのショーケース。『切り株』を意味する菓子のためか木目を取り入れた落ち着いた印象のお洒落なディスプレイだった。

「バウムクーヘンもやってるんですねぇ」

 もはや感心するしかなくつぶやくように言った。小野寺さんは「ああ」とだけ答えて「地獄だろうね」とぼそりと言った。え、どういう意味だ。

 さらに進むと今度は色鮮やかなマカロンのショーケースがあった。隅には色とりどりのマカロンを円錐状に飾ったマカロンタワーも。次から次と楽しませてくれる。すごい、としか言えなかった。

 そして最後に到達するのがメインの生ケーキのショーケースというわけ。すでにすっかり魅せられていた私は無意識に「うわあ……」と声がもれる。

 ホールケーキはまるで宙に浮いて見えるようにディスプレイされていた。定番の苺ショート、チョコ(なま)、モンブラン、デコレーションされたロールケーキも各種。そしてフルーツタルトと苺タルトが堂々と鎮座する。どれも個性があって魅力的でありながらしっかりここのお店らしい統一感があるのがすごい。

 その隣にはプチガトーと呼ばれるカット済みやカップもののケーキたちのショーケースが繋がっている。

 うっとりと見入っている間に小野寺さんによって注文が進んでいた。

「え、待って。なに買ったんですか?」

 私だって選びたかったのに!

「苺ショートとモンブランとチョコムース」

「ええっ、フランボワーズムースも入れちゃだめですか?」

「は? だめだし」
「お金なら払います」
「だめ」
「なんで?」
「一店舗三個」
「なら苺ショートやめません?」
「はあ? 苺ショートは必須だろうが」
「さっきも食べたし」
「さっきはさっき」

「お客様」

 にっこり笑顔が私たちの醜い言い合いを割った。

「すみません、うるさくしてしまって」

 礼儀正しくぺこりと頭を下げる小野寺さんは今私を睨んでいた人とは絶対に違う人だ。

 仕方なく私も彼に倣って頭を下げた。「すみません」

 その販売員さんは私たちより少し年上と思われる若い女性だった。オレンジ色のチークが素敵で元気な印象。頭を下げた私たちに「いえいえ!」と慌てて両手を振る。

「もしよろしければ、ご試食なさいませんか」

 ……うわ。女神だ、この人。

 比較的混雑していない真夏の平日ということもあってのサービスだそうだけど、切り出すタイミングといい、「どれでもどうぞ」という太っ腹さといい、こんな嬉しいサービスはないな、と心底感動した。

「そうかぁ。あれがヴァンドゥーズかぁ」

 イートインスペースで高い天上を仰ぎ感嘆した。一方の小野寺さんはその向かいの席で涼しい顔をして冷水をひとくち。

「普通でしょ、このくらいの規模の店ならあのくらいのサービス」

「世界は広いんだなぁ」

「あんたが世間知らずなんだよ」

 むう。またバカにされてる。

 ケーキはもちろんどれも間違いなく美味しかった。小野寺さんは相変わらずあーだこーだ言ったりもしたけれど。

 それにしても。

「あの……」
「は? 嘘だろ?」
「……まだなにも言ってません」
「顔見たらわかるわ」
「……すみません」

 もうお腹いっぱいです……。

「いいよ。次の店のは旅館に持って帰ってみんなで食えば」

 行くは行くんですね。

「あれ。ひまわりはちみつパウンド、買ったんですか? いつの間に」

「珍しいから味見に。あとバウムクーヘンも。シェフのおつかい」

「え、シェフの?」

「行くなら買ってきてって」

 なんと驚いた。いつシェフに話したんだろう。ほんと、小野寺さんは抜かりない。

 いつの間にか日は傾きはじめていて、厳しかった暑さもいくらかやわらいでいた。蝉の声もこころなしか昼間より優しい。汗で湿った首元にぬるい風がふわ、とあたった。

「あんま時間ないな。ちょっと急ぐ」

 言うが早いか小野寺さんの歩く速度が上がる。げげ、付いていけないよ。

「うわ、待ってくださいよ、もう」

 慌てて走ると慣れない炎天下での疲労のせいか足がもつれて転びそうになった。その私の手を────「あ」

「とろい。早くいくぞ」

 手首を掴まれた、はずだったのに早足で進むうちにいつの間にか自然と手を繋いでいた。気づいて慌てて振り払おうとすると睨まれてしまった。「遭難したいの?」ひ、とんでもない。

 仕方なく、大人しくそのまま彼に引っ張られた。

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