第115話 トラブルメーカー

文字数 1,182文字

 その夜の兼定くんは珍しくほろ酔いだった。簡単なおつまみを出してあげるとじっとこちらを見ながら酔いどれ亭主は言う。

果実(かじつ)は」

「ん」

「俺でほんとによかった?」

「へ」

「なんつーか。こんなケーキ馬鹿でさ」

 こりゃ相当酔ってるな。あまりにらしくない発言にキョトンとしてしまった。ちなみに呼び方はあの日以来、家ではこれになって戻らない。恥ずかしすぎて「やめてよ」と何度も言ったけど彼はまったく聞いてくれない。

「今更どうしたの?」と訊ねてみると、「さっきはあんなこと言ったけど」とソファから寂しげに見上げてきた。

「もし本当におまえが辞めるとか言ったら、実際結構ヘコむと思う」

 キョトンとしてから、「ぶふっ」と大きく噴いて笑った。そうして初めて、この夫に対して大きな態度をとってみた。

「……あのねえ兼定くん。言わせてもらいますけど。あなたがケーキ馬鹿じゃなかったら、私たち結婚してないからね? わかってる? あなたが私を、こんな仕事好きな人間にしたんだよ? 辞めるわけないじゃん。楽しくってしかたないんだもん! だからちゃんと責任取ってよね? ちゃんとその夢叶えてよね!」

 その男前の鼻筋に、びしっと人差し指をくっつけて言った。すると相手は一瞬キョトンとしたかと思うと「ふは」と笑って、私のその指ごと手を握ってそのまま引き寄せ、ソファに押し付けて唇を奪った。もちろんお腹はちゃんと守りながら。

「……あ、いけね。アルコールだめじゃん。酒臭いのもあんま良くないよね」

 すぐにふわりと離れてしまった。
 むう。もう少しいいのに。なんて思わされて結局また悔しい。

 あなたを残してどこかへ行ったりなんかしないよ。私とあなたは、今でもライバル。お互いを高め合う存在だもん。

 そうでしょう?



 翌朝佑くんは目を逸らしながら「詰めの勉強、付き合ってください。お願いします」と兼定くんに頭を下げた。

 私の方には真由ちゃんからメッセージがあった。

【佑のこと純粋に応援しようと思います。小野寺店長には生意気言ってすみませんでした。余談ですけどお二人ほんとにお似合いです】

 いつどこを見てお似合いだなんて思われたのか。まあそれはいいとしてなんとか丸く収まったのならよかった。

 さて。試験までいよいよのこり一週間。その日から二人の帰宅時間は更に遅くなった。

「手応えは?」
「さあ……どうかな」

 言いつつ小野寺先生の機嫌がいいところを見るとそれなりにいい出来なんだろう。

 そうして迎えた当日。あとは今日を終えるのみ。

 ……だと言うのに。もう、本当に。思いもしないトラブルを引き起こすのが佑くんという人なんだ。

 早朝、アラームと違う電子音に叩き起された。

『ああ、あんみつさん、佑……行ってませんよね!?

「行っ……へ、どういう意味!?

 寝起きなのも相まって理解が追いつかない。

『いなくなっちゃって』

「……はあ?」

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