第124話 バカばっか
文字数 1,274文字
兼定くんからの便りは意外にも毎日欠かさず届いた。フランス留学中の音沙汰無し野郎からは考えられない進歩だ。
【常連の須藤様が心配してた。生まれたら顔見たいって。梅田さんは案外マジメにやってるよ。今日は3個も壊されたけど】
【常連の松永様からベビー服をいただきました。内祝いって店の焼き菓子でいいのかな。タオルとかのが無難?】
【楠木 さんの彼氏が来たよ。梅田さんの弟。意外と普通の人、むしろ好青年だった。すげえ謝ってたよ。絶対ご迷惑ですよね、って】
え。りんごちゃんの彼氏!? お店に来たの!? すごい。私も会いたかったなあ。
そうして日が経ち、やっと〈いつ出産になってもいい〉という時期を迎えて退院日が決まったその翌朝未明のこと。
ぱかん、と弾ける感覚。これ。間違いないと確信して飛び起きた。
──破水!
だけどここからが長かった。
このイチゴちゃん、なかなかの頑固者のようで。もう、誰かさんにそっくりなわけ!?
痛みに悶えるうちにいつの間にか夜が明けてもう日が高くなっていた。ベッドで苦しむ私に看護師さんが「旦那さんもうすぐ来ますからね。がんばって!」と言う。
え……。今、何時? 今日何曜日? お店は!? 考える余裕もなく痛みが激しい。
「果実!」
「あ……」
顔を見たら安心してか涙が零れた。その大きな手で腰を強くさすってもらうと、痛みがいくらか和らぐ気がした。「がんばれ」と言ってもらうと、とても心強かった。
魔法みたいだ。
そして。
ふぎゃああああ────……
元気でかわいい女の子。
名前は、『沢口 いちご』に決まった。
「はー、兼定くん……お、お店は?」
「か。おまえね、第一声それ? ほんと仕事バカだな」
この人に『仕事バカ』だと呆れられる日が来るとは私も驚きだよ。
「まずは、おつかれ」
「あ、ああ、うん。たいへんだった……」
安心したら、また涙が出た。兼定くんは「ん」とティッシュを私に渡して「もうね」と呆れ口調で話す。
「病院から連絡来た瞬間から、みんなして『早く行け』『とにかく行け』ってうるさくて。……はは。あいつらほんと」
バカばっか。と困り顔で笑った。
お陰様で母子ともに健康。赤ちゃんの発育も、私の産後の経過も順調だった。
退院後はクリスマス期間ということもあって少しの間実家で過ごすことにした。その方が兼定くんも仕事に集中できるだろうし、たぶんろくに帰って来てないだろうし。
そんなわけで。自宅へはクリスマス明けの25日の夕方に帰宅。随分長く空けたマンションの部屋は予想通りの洗濯物の山だった。なんとも懐かしい気持ちになりつつぽぽいのぽいっと片付けていると、玄関からなにやら賑やかな声が聴こえてきた。
「俺は前に来たことあるんで」
「え! いつですか!?」
「あ、新婚の家見て興奮してたんでしょ佑っち。ヤラシー」
「え! 佑くんそういう趣味なんですか!?」
「ちが! やめてよ。まあ……ちょっと寝室は覗いたけど」
「ほらほらほらほら!」
「きゃーっ」
「もうおまえらうるさい」
顔をしかめた兼定くんを先頭に、ずらりずらり。二号店のみんなの姿が見えた。
【常連の須藤様が心配してた。生まれたら顔見たいって。梅田さんは案外マジメにやってるよ。今日は3個も壊されたけど】
【常連の松永様からベビー服をいただきました。内祝いって店の焼き菓子でいいのかな。タオルとかのが無難?】
【
え。りんごちゃんの彼氏!? お店に来たの!? すごい。私も会いたかったなあ。
そうして日が経ち、やっと〈いつ出産になってもいい〉という時期を迎えて退院日が決まったその翌朝未明のこと。
ぱかん、と弾ける感覚。これ。間違いないと確信して飛び起きた。
──破水!
だけどここからが長かった。
このイチゴちゃん、なかなかの頑固者のようで。もう、誰かさんにそっくりなわけ!?
痛みに悶えるうちにいつの間にか夜が明けてもう日が高くなっていた。ベッドで苦しむ私に看護師さんが「旦那さんもうすぐ来ますからね。がんばって!」と言う。
え……。今、何時? 今日何曜日? お店は!? 考える余裕もなく痛みが激しい。
「果実!」
「あ……」
顔を見たら安心してか涙が零れた。その大きな手で腰を強くさすってもらうと、痛みがいくらか和らぐ気がした。「がんばれ」と言ってもらうと、とても心強かった。
魔法みたいだ。
そして。
ふぎゃああああ────……
元気でかわいい女の子。
名前は、『沢口 いちご』に決まった。
「はー、兼定くん……お、お店は?」
「か。おまえね、第一声それ? ほんと仕事バカだな」
この人に『仕事バカ』だと呆れられる日が来るとは私も驚きだよ。
「まずは、おつかれ」
「あ、ああ、うん。たいへんだった……」
安心したら、また涙が出た。兼定くんは「ん」とティッシュを私に渡して「もうね」と呆れ口調で話す。
「病院から連絡来た瞬間から、みんなして『早く行け』『とにかく行け』ってうるさくて。……はは。あいつらほんと」
バカばっか。と困り顔で笑った。
お陰様で母子ともに健康。赤ちゃんの発育も、私の産後の経過も順調だった。
退院後はクリスマス期間ということもあって少しの間実家で過ごすことにした。その方が兼定くんも仕事に集中できるだろうし、たぶんろくに帰って来てないだろうし。
そんなわけで。自宅へはクリスマス明けの25日の夕方に帰宅。随分長く空けたマンションの部屋は予想通りの洗濯物の山だった。なんとも懐かしい気持ちになりつつぽぽいのぽいっと片付けていると、玄関からなにやら賑やかな声が聴こえてきた。
「俺は前に来たことあるんで」
「え! いつですか!?」
「あ、新婚の家見て興奮してたんでしょ佑っち。ヤラシー」
「え! 佑くんそういう趣味なんですか!?」
「ちが! やめてよ。まあ……ちょっと寝室は覗いたけど」
「ほらほらほらほら!」
「きゃーっ」
「もうおまえらうるさい」
顔をしかめた兼定くんを先頭に、ずらりずらり。二号店のみんなの姿が見えた。