第128話 結局また兼定

文字数 1,167文字

『ええー! 結局また兼定なわけ!?

 電話口の佳乃さんは高い声でそう吠えた。っていうか『兼定』なんて呼んでましたっけ。

「いえ、ええと……。兼定くんがどうというよりは、家族でなるべく過ごしたい、っていうか」

 私がそう説明すると案外すんなりと『まあそれはそうだよね』と言って笑った。

『うん。そうなるかもなとも思ってた。愛妻家の小野寺があんみつちゃんを簡単に手放すわけないもん。はーあ。シェフには「本人を落とせたら好きにしていいよ」とは言われてたんだけどねぇ』

 な、なんとシェフ……!

『あれも今思えば「兼定が許すわけないけどね」って信頼があっての発言だったってわけ? はー。踊らされた。むっかつくわー』

「で、でも! 小野寺店長も佳乃さんのお店のことすごく褒めてました。話題性あって強いって。私も! 丸っきり興味がなかったわけじゃないですし、実際すごく迷って……」

『ふふ。ありがとね。あんみつちゃん』

「うう、佳乃さんん」

『じゃあ小野寺に言っといて。「早く同じ土俵で勝負しましょう」って』


 ──同じ土俵。

 つまりは。


「ひ。俺あの人ほんと苦手。こわすぎ」

 兼定くんにこんなことを言わせる人はそうそういないと思う。だけど嫌っているわけではないようで。

「佳乃さんみたいな人にライバル視してもらえんのはありがたいけどね」と彼は苦笑いをした。


 そんなわけで私たち沢口夫婦は、娘のいちごを保育園に預けることを決意。そして私は再び二号店のヴァンドゥーズとしてお店に立った。

「あんみつさーん! おかえりなさーい」
「おかえりなさい総監督」
「え、佑くんその呼び方にするんですか?」
「だって小野寺さんは『店長』呼びに変えたから」
「ああそっか……じゃあ私も」

「いや、ぜひ『あんみつ』でお願い」

 二号店のメンバーは相変わらずだった。

「いやー。これですっかり元通りっすね。この一年ほんと、いろいろありすぎてやばかったすもんね」

 たしかに、私のつわりに始まって佑くんの受験勉強、そしてりんごちゃんの新人教育。

 それから……。

「ひよりさん、元気?」

「ああ! じつはひよりさんも『おめでた』なんですよ!」

「え!?

 りんごちゃんは頬をリンゴみたいに赤くして興奮しながらこくこくと頷く。

「つい先週聞いたんですけどね。つわりで倒れてるって……。あんみつさんのこと『まじ尊敬だよ』って言ってました」

「あ、はは」
 目に浮かぶ。

「あ、それで、もし男の子だったらその……店長と同じ名前にしたいって言ってたんですけど……ダメですか?」

「え! 『兼定』?」

 私が言うと「ぶは! あれ本気だったんだ」と佑くんが噴いた。そうして三人で当人の顔をそろりと覗く。

「却下」
「ですよね」

 一喝される前に各々仕事にかかり始める。
「楽しみだね」とりんごちゃんに笑いかけると「はいっ!」とにっこり返してくれた。

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