第121話 スリルの土日

文字数 1,138文字

 扉が閉まると誰からともなく疲労感のこもったため息がもれた。

「……なんなの、あれ」

「凄かったすね。強烈。つかまだ臭い。残り香」

 厨房の二人が口々に言う。

「ね、りんごちゃん。本気であの人がいいと思ったの? なんで」

 聞きづらいことをズケズケ聞ける佑くんの性格に今日だけは拍手を送りたい。

「え……ダメでした? ひよりさん、向いてません?」

 向いてませんよね!? どう譲って見ても。

「えー、ダメですかねえ? ひよりさんって明るいし勘もいいし、きっとみなさんのお役に立てると思ったんですけど……」

 人を容姿で判断しないように、とは思う。だけどTPOという言葉は重んじたい。特に職場では。

「シェフの『最低限』はいよいよここまで来たのか」

 兼定くんのつぶやきにもはや苦笑いも出来なかった。

 ひよりさんはその後クリスマスまでは土日勤務となった。本人は「毎日でもいいのに!」と騒いだけれど、ここはもともと小規模な店舗。私がいる以上は人手は足りているし、お店側も人件費は最小限にしたい。

 そんなわけで、我らが二号店は毎週スリルのある土日を過ごすこととなった。

 スリル……。それはもちろん、ひよりさんがトラブルを起こさないか、というスリル。

「あら新人さん?」
「あっはは! やだ、『新人さん』とか! ほんとウケる」

 すみません、彼女まだ不慣れで。と常にフォローが必要な状態。私の疲労も見事に蓄積した。

 そして毒牙はこちらにも。

「ね。小野寺店長って下の名前なに?」
「あの。一応敬語使ってもらえます?」
「なんでよ。タメだしいいじゃん」
「つかなんで厨房(ここ)にいるんすか。邪魔だし。売り場で早く仕事覚えてくれません?」

 はい。このギラギラお姉さんのひよりさんが興味を抱いた小野寺店長を大人しく売り場から眺めているだけなわけがないのです。

「てかそっちこそ敬語やめて? あたしのが年上みたいじゃん。てかさ、小野寺店長、恋人いるでしょ」
「はあ?」
「さっき一瞬ペンダントチェーン見えた。指輪できないからって首から掛けてんでしょ」

 りんごちゃんが言うようにたしかに勘はいいらしい。勘というか、洞察力? だからって空気まで読めるかはわからないけど。

「はー……。あんみつー?」

「……はーい。ひよりさーん。店長の邪魔しないでくださいねえ。こっち来てシール貼りお願いします」

 結局私がこうして呼ばれる。こんな調子だから当然仕事はあまり覚えてくれない。というか「大丈夫、わかる」とか「なんとかなんでしょ!」と言って何事も終わらせてしまう。

 うう、だめだよ。このままじゃ大きなミスにだって繋がりかねない。

 そして不安はすぐに的中した。

「ええー!?

 ひよりさんが来てから初めてお店が混雑した時間、そんな不穏な甲高い声が店内に轟いた。

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