第105話 りんごちゃん
文字数 1,445文字
「楠木 りんごです。よろしくお願いいたしますっ!」
びゅん、と音が鳴りそうなほど勢いよく頭を下げた。若々しいポニーテールがぴょこん、と跳ねる。
よろしく、の挨拶もそこそこに兼定くんが私を厨房の奥へと引っ張った。
「な、なに」
「……なんで新人?真由 さんが来るんじゃなかったの」
真由さん、とは本店勤務の社員ヴァンドゥーズ、木村 真由ちゃんのこと。在籍は佑 くんと同じ二年目だけど、この子はほかでもないシェフとゆうこさんの娘さん。真面目な性格なのもあって仕事の出来はたしかというわけ。
彼女にならたとえ私が休んだとしてもお店をひとりで任せられる。だけどこの春入社したばかりの新人さんとなればそうはいかない。
むしろ〈新人教育〉という別の仕事まで放り込まれたようなものだった。
「ったく、あんみつの負担増やしてどーすんだよ」
「んん……なんか急遽、新人の楠木さんが行くことになったからって今朝連絡が来て」
「今朝?」
「そう。ついさっきだよ」
どうなってんの、本店。と兼定くんが言うと「俺のせいかな」と佑 くんが意外なことを言い出した。
「え、どういうこと?」
訊ねると「いや……」と言い淀む。なに、自分から言っておいて。
「でも小野寺さんとあんみつさんがいいんなら、それはないか」
またわからないつぶやき。もう。聞いてほしいのかただの独り言なのか判断できないよ。
私が怪訝な顔で見つめ続けると佑くんは「いや……」と決まり悪く目を逸らして「付き合ってんすよね」とぼそりともらした。
「……は」
なんですって? 付き合ってるって、真由ちゃんと!?
「だから、あえて一緒にしてくんないのかなって」
「シェフが嫌がって、ってこと?」
「なくもないすよ、父親だし。それに俺、嫌われてるっぽいし。別れさせたいって思われてんのなら」
「まさかあ」
さすがに私情だしなによりそんなのおとな気ない……。まああのシェフなら、有り得なくもないけど。
「けど俺を二号店に飛ばしたのは絶対それっすよ。知られてすぐだったし」
兼定くんを見ると全く興味がないという顔をして既に仕事を進めていた。
たしかに憶測をしても時間の無駄だ。とにかく私もこの楠木 りんごちゃんと向き合うことにした。
「はい!」
「わかりました!」
「わあ、すごいですね!」
「え、そうなんですか?」
「すごーい!」
返事とリアクションだけは完璧なんだけどな。りんごちゃんはなかなかのおっちょこちょいさんで。
「ごめんなさいいい」
「二度としません!」
「お、お、お手洗い行きたいですっ」
「あ、あ、あんみつさんっ! レジがおかしくてっ」
「あんみつさん、ケーキが落ちたっ!」
「レ、レシートが出ませんん」
「ぐちゃって潰れちゃって……」
「あんみつさん」
「あんみつさーんっ」
「あんみつさんんんんん」
「泣かないで。りんごちゃん。大丈夫だから」
初日じゃないよね? と思わず確認してしまった。申し訳ないけどひと月半も勤務経験があるとはとても思えなかった。
「ずびばぜん。ぐず……。あんみづさん、妊婦さんで、体調、わるいどに……」
「だ、大丈夫。りんごちゃん、まだ慣れてないみたいだから……私も倒れていられないっていうか」
「ずびばぜんんん」
全然戦力になれなくて、と悔しがってくれた。可愛いな。優しい子なんだ。だからあれもこれも今日のところは許そう。
「だんだん慣れるからね。落ち込まないでね」
「はいっ!」
ほんと、返事とスマイルは百点。
それにしてもどうしてこんなことになったのか。帰宅後にゆうこさんに電話してみた。
びゅん、と音が鳴りそうなほど勢いよく頭を下げた。若々しいポニーテールがぴょこん、と跳ねる。
よろしく、の挨拶もそこそこに兼定くんが私を厨房の奥へと引っ張った。
「な、なに」
「……なんで新人?
真由さん、とは本店勤務の社員ヴァンドゥーズ、
彼女にならたとえ私が休んだとしてもお店をひとりで任せられる。だけどこの春入社したばかりの新人さんとなればそうはいかない。
むしろ〈新人教育〉という別の仕事まで放り込まれたようなものだった。
「ったく、あんみつの負担増やしてどーすんだよ」
「んん……なんか急遽、新人の楠木さんが行くことになったからって今朝連絡が来て」
「今朝?」
「そう。ついさっきだよ」
どうなってんの、本店。と兼定くんが言うと「俺のせいかな」と
「え、どういうこと?」
訊ねると「いや……」と言い淀む。なに、自分から言っておいて。
「でも小野寺さんとあんみつさんがいいんなら、それはないか」
またわからないつぶやき。もう。聞いてほしいのかただの独り言なのか判断できないよ。
私が怪訝な顔で見つめ続けると佑くんは「いや……」と決まり悪く目を逸らして「付き合ってんすよね」とぼそりともらした。
「……は」
なんですって? 付き合ってるって、真由ちゃんと!?
「だから、あえて一緒にしてくんないのかなって」
「シェフが嫌がって、ってこと?」
「なくもないすよ、父親だし。それに俺、嫌われてるっぽいし。別れさせたいって思われてんのなら」
「まさかあ」
さすがに私情だしなによりそんなのおとな気ない……。まああのシェフなら、有り得なくもないけど。
「けど俺を二号店に飛ばしたのは絶対それっすよ。知られてすぐだったし」
兼定くんを見ると全く興味がないという顔をして既に仕事を進めていた。
たしかに憶測をしても時間の無駄だ。とにかく私もこの楠木 りんごちゃんと向き合うことにした。
「はい!」
「わかりました!」
「わあ、すごいですね!」
「え、そうなんですか?」
「すごーい!」
返事とリアクションだけは完璧なんだけどな。りんごちゃんはなかなかのおっちょこちょいさんで。
「ごめんなさいいい」
「二度としません!」
「お、お、お手洗い行きたいですっ」
「あ、あ、あんみつさんっ! レジがおかしくてっ」
「あんみつさん、ケーキが落ちたっ!」
「レ、レシートが出ませんん」
「ぐちゃって潰れちゃって……」
「あんみつさん」
「あんみつさーんっ」
「あんみつさんんんんん」
「泣かないで。りんごちゃん。大丈夫だから」
初日じゃないよね? と思わず確認してしまった。申し訳ないけどひと月半も勤務経験があるとはとても思えなかった。
「ずびばぜん。ぐず……。あんみづさん、妊婦さんで、体調、わるいどに……」
「だ、大丈夫。りんごちゃん、まだ慣れてないみたいだから……私も倒れていられないっていうか」
「ずびばぜんんん」
全然戦力になれなくて、と悔しがってくれた。可愛いな。優しい子なんだ。だからあれもこれも今日のところは許そう。
「だんだん慣れるからね。落ち込まないでね」
「はいっ!」
ほんと、返事とスマイルは百点。
それにしてもどうしてこんなことになったのか。帰宅後にゆうこさんに電話してみた。