第110話 そんなの嫌!
文字数 1,351文字
「あんみつ?」
夜。シャワーを終えた彼が心配そうに私を見つめていた。
「ん……や、なんでもないの」
また泣いてしまっていた。もう、嫌になる。こんな弱い自分。
「なんかあった? 悩み事?」
「ううん。なんでもないんだよ」
「なんでもなくて泣かないっしょ」
「ん、不安定なんだって。妊娠中は」
彼はソファの私の隣に座るとそっと手を重ねて少し真剣な瞳を向けてきた。
「あんみつ」
「……ん」
「やっぱ休んだほうがいいんじゃないの、せめて安定期まで」
思いもしない提案だった。
「そんなの……無理だよ。りんごちゃんだってまだひとりじゃやれないし」
「俺がカバーすればなんとかやれるっしょ」
──浮気はダメっすよ。
「あの子もいつまでも新人じゃないし」
──小野寺店長はなんでも完璧で。見た目もかっこいいし、頼りになるし。
「甘やかしてゆっくり育てるより多少厳しい環境で慣れて早く戦力になってくれた方が今後も助かるよ」
──『りんご』
「そんなの嫌っ!」
キョトンとした顔が私を見ていた。う、ああ、なに言ってんの、私。
「……ごめん。心配してくれてるのに」
はあーん。だめだ、と天井を仰ぐと兼定くんは「なんなの」と困り顔で少し笑った。
「もしかして、佑 が今日なんか言ってたこと? 浮気がどうとか」
どきり。そう、そうですけど、知られたくはない。だって恥ずかしいもん。ヤキモチだなんて。
「あの場でも言ったけど、なんもないからね。つかおまえ俺が女嫌いなのもよく知ってんでしょ。浮気とか普通にないから。見くびんなよ」
見くびるな。すごい言葉だな。
「佑あいつ、ほんと性格悪いよね。絶対わざとでしょ、今日のも」
「ま、まさか。悪気はなかったと思うよ」
すると兼定くんは「ふん」と鼻を鳴らしてから「そんなに呼び方が大事って言うんなら」とおもむろに私の耳元にその唇を近づけてきた。
「……『果実 』って家では呼ぼうか?」
囁かれた甘い声に、ぶわ、と全身が反応する。っぎゃあ、あっつい!
「やややっ! やめてっ!」
今回は【恋愛編】じゃないんだからねっ!?
おそらく耳まで真っ赤になっているだろう私の顔を見て兼定くんは「はは」と愉快そうに笑った。
そんな私の独り相撲のようなもやもやは、案外すぐに晴れることとなった。
「え、今なんて?」
「へ。だから、家は彼と住んでて、二人暮らしで」
りんごちゃんに彼氏がいたなんて。しかも同棲中!? なんとなくタイプ的に実家暮らしだと思い込んでいたから驚愕した。
「そ、そうなんだ。彼氏さん……どんな人?」
「高校の頃から付き合ってる同級生なんです。だからまだ大学生で」
「へ、へえ」
「大学がここから電車ですぐらしくて」
「え、それってもしかして」
この辺りではいちばんの名門大学だった。なんと秀才の彼氏持ちとは……。
思わぬ答えにまた目を剥いていたところでご来店があった。ああん。なんてところで途切れるの。
それでも妙に安心してしまった自分がまた憎い。あー、私やっぱりりんごちゃんを警戒してたんだ。はーあ。
「ありがとうございましたっ!」
気づいたらそんな元気な声が店内に響いていた。
「わあ、ひとりで全部できたじゃん!」
「はいい! できました、私、できました、あんみつさんんん!」
跳ねて喜ぶ可愛い後輩ちゃん。褒め褒めして私まで幸せになった。
夜。シャワーを終えた彼が心配そうに私を見つめていた。
「ん……や、なんでもないの」
また泣いてしまっていた。もう、嫌になる。こんな弱い自分。
「なんかあった? 悩み事?」
「ううん。なんでもないんだよ」
「なんでもなくて泣かないっしょ」
「ん、不安定なんだって。妊娠中は」
彼はソファの私の隣に座るとそっと手を重ねて少し真剣な瞳を向けてきた。
「あんみつ」
「……ん」
「やっぱ休んだほうがいいんじゃないの、せめて安定期まで」
思いもしない提案だった。
「そんなの……無理だよ。りんごちゃんだってまだひとりじゃやれないし」
「俺がカバーすればなんとかやれるっしょ」
──浮気はダメっすよ。
「あの子もいつまでも新人じゃないし」
──小野寺店長はなんでも完璧で。見た目もかっこいいし、頼りになるし。
「甘やかしてゆっくり育てるより多少厳しい環境で慣れて早く戦力になってくれた方が今後も助かるよ」
──『りんご』
「そんなの嫌っ!」
キョトンとした顔が私を見ていた。う、ああ、なに言ってんの、私。
「……ごめん。心配してくれてるのに」
はあーん。だめだ、と天井を仰ぐと兼定くんは「なんなの」と困り顔で少し笑った。
「もしかして、
どきり。そう、そうですけど、知られたくはない。だって恥ずかしいもん。ヤキモチだなんて。
「あの場でも言ったけど、なんもないからね。つかおまえ俺が女嫌いなのもよく知ってんでしょ。浮気とか普通にないから。見くびんなよ」
見くびるな。すごい言葉だな。
「佑あいつ、ほんと性格悪いよね。絶対わざとでしょ、今日のも」
「ま、まさか。悪気はなかったと思うよ」
すると兼定くんは「ふん」と鼻を鳴らしてから「そんなに呼び方が大事って言うんなら」とおもむろに私の耳元にその唇を近づけてきた。
「……『
囁かれた甘い声に、ぶわ、と全身が反応する。っぎゃあ、あっつい!
「やややっ! やめてっ!」
今回は【恋愛編】じゃないんだからねっ!?
おそらく耳まで真っ赤になっているだろう私の顔を見て兼定くんは「はは」と愉快そうに笑った。
そんな私の独り相撲のようなもやもやは、案外すぐに晴れることとなった。
「え、今なんて?」
「へ。だから、家は彼と住んでて、二人暮らしで」
りんごちゃんに彼氏がいたなんて。しかも同棲中!? なんとなくタイプ的に実家暮らしだと思い込んでいたから驚愕した。
「そ、そうなんだ。彼氏さん……どんな人?」
「高校の頃から付き合ってる同級生なんです。だからまだ大学生で」
「へ、へえ」
「大学がここから電車ですぐらしくて」
「え、それってもしかして」
この辺りではいちばんの名門大学だった。なんと秀才の彼氏持ちとは……。
思わぬ答えにまた目を剥いていたところでご来店があった。ああん。なんてところで途切れるの。
それでも妙に安心してしまった自分がまた憎い。あー、私やっぱりりんごちゃんを警戒してたんだ。はーあ。
「ありがとうございましたっ!」
気づいたらそんな元気な声が店内に響いていた。
「わあ、ひとりで全部できたじゃん!」
「はいい! できました、私、できました、あんみつさんんん!」
跳ねて喜ぶ可愛い後輩ちゃん。褒め褒めして私まで幸せになった。