20 地下牢
文字数 2,330文字
好奇の目であれば
、慣れている
。ダニエルは押しも引きもせず、単調な調子で問いかけた。
「話をすることは?」
「……難しいでしょう」
なぜ? という言葉は
「捕えることができたのは一人だけですか?」
角度を変えて投げかけられた問いに城主は不機嫌な顔で
新月を過ぎた今なら
、なおさらだ。好奇の目であれば
、慣れている
。ダニエルは心の中で苦笑を漏らした。
西ゴールの貴族であれば誰もがダニエルの
存在は
知っている。噂も知っているだろう。その身に降りかかった忌々しい呪いのことも。しかし彼らは本物のダニエルを知らない。王都でさえ生身のダニエルを見た者は皆無といっていい。したがってその証明もまた、難しい。
もしもこの地に王族の
彼らが受け入れるのはその証であって、いつだって証の持ち主の方ではない。
しかし不幸にも、ダニエルの身を明かすその証こそが人を獣へと豹変させるのだ。この証を前にある種の人間は、人の上に立つ者であればあるほど簡単に感情の
それでも彼が自制を続けていられるのは、
最後の条件
がまだ整っていないからだ。しかしそれも時間の問題かとダニエルは思った。そんな哀れな城主は、態度で示した答えを言葉でも補足した。
「しでかしたのは三人と特定されています。一人はその場で東ガリアの警備兵に殺害されました。死体は相手国にあるため検分はできておりません。一人は逃亡を図り今でも行方がわかりません。そして一人は逃亡の途中で捕縛し、この砦の地下牢です」
「その三人、間違いなく西ゴールの兵士なのですよね?」
「少なくとも地下の一人は。そして現在この城塞にいるはずの兵士があと二人、行方がわからなくなっています」
「…………」
ダニエルは考えこむように顎をさすり、もう一度同じ問いかけをした。「地下の囚人と話をすることは?」
「無理です。見ればわかります」
「見ることはできるのですか?」
「何を見ても驚かない覚悟がおありなら」
「見せてください」
「どれほど禍々しいものでも?」
「構いません」
念を押されて
何かが
「外で待っていてください、タイス」
「しかし」
「外へ!」
そうダニエルが叱責に近い声を出した時だった。地を震わすような
「さあ、タイス!」
「平気なのですか?」
「もちろん、平気ではありません」
ダニエルは眉一つ動かさなかった。まるで情の抜けたような淡白さだ。「しかし
死臭なら経験があります
。この不愉快な臭いも随分と久しぶりですが
」「…………」
気圧されたような城主の反応を軽く流し、ダニエルは視線を前へと向けた。そうこうしている
それからどれほど進んだか。唐突に回廊は行き止まった。
「これは……?」
それまで冷静に状況を受け止めていたダニエルも、その光景の前に思わず呼吸を忘れた。背後に立った城主が投げやりに応じる。
「薬かと」
その声を聞き留め、ダニエルはその臭気と狂気の影に視線を固定した。
なんと、哀れな。
心を突いて出た感想があまりに陳腐なことに驚いたまま、ダニエルはじっと男を見下ろした。
この様相ではすでに人間であるかさえ疑わしい。
何か
。爪はすべて「東ガリアに飲まされたのですか?」
「なんとも言えません。飲んでから橋を渡ったのか、橋を渡ってから飲んだのか。しかし量を越えて飲んだことは間違いないでしょう」……それを誰かが意図したにせよ、そうでないにせよ。
その答えを聞いたダニエルはしばらく押し黙り、薄明りの中で狂気に溺れて呻吟する男を眺めた。それでもやがて意を決すると、きっぱりとした口調で城主に命じた。
「この男を死なせてはなりませんよ、絶対に。それなりの手当てはしているんでしょうね?」
「…………」
「していないのですね? これでもまだ、
残酷なことを言っている自覚はダニエルにもあった。しかしそのように命じるほかはないのも事実なのだ。仮に今後どれほど親切な治療を受けたとしても、この手の薬で精神を
それこそ神の奇跡でも、起こらぬ限り。