56 識女の季節の終わり

文字数 463文字

 それでも、とフォルクハルトは思った。物事がそれほど単純でいいはずはない。聖母の導きならまだしも、これが識女の企てであったとしたら一大事だ。慎重にその言葉の意味を探る必要がある。なにしろその甘言は必ず(ゆが)んだ形で実現するからだ。まるで人の想いや願いを嘲笑うかのように。

 そもそもフォルクハルトが望む未来は自分がこのまま死に果て、東ガリアの王位に就かぬことだ。

 そのためにダニエルの命を犠牲にしろというなら、そうだろう。彼女を殺せば戦争が始まり、その中で望んだ未来が実現する可能性は高い。西ゴールとの(いくさ)はそれくらいの過酷を極めることになるだろう。この場合、ダニエルの時間を動かすというのも、単に死に向かって動かしたに過ぎなかったということになる。

 だが、この道筋がもっとも現実的だ。二人揃って滅びて終わる。しかし……。

「それは、いやだな」

 フォルクハルトは月を睨みながら呟いた。「私はどのような形であれ、彼女だけは死なせたくない」

 その気持ちがどこから湧いてくるのか、フォルクハルトにはわからなかった。

(続きは近日中に更新します)
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登場人物紹介

フォルクハルト・フォン・ツアミューレン

 東ガリア王国の王太子。王都にはほとんど寄り付かずに戦場を駆け巡る日々を過ごしている。

 とにもかくにも死にたがりで、周囲をやきもきとさせている。

ダニエル・ド・ワロキエ

 西ゴール王国の王弟。呪われた王弟として東西ガリア中にその名が知れ渡っている。

ウド・ジークムント・フォン・オーレンドルフ:

 オーレンドルフ家長男。色を好みすぎて実家からは勘当されている。

 フォルクハルトの右腕を自称しているが当のフォルクハルトには煙たがられており、願わくば消えてくれと思われている。

イザーク:

 傭兵団〈灰猫〉の団長

タイス

 ダニエルの付き人。

王后

 東ガリア国王の第一夫人。アウレリアの実母。フォルクハルト、およびその妹2人の養母。

 政治に口を出すことはないが、その権威は国王を凌ぐとも噂されている。

 フォルクハルトとアウレリアとの間にわだかまる王位継承問題については、これまで一度も自身の立場や意見を公式にも非公式にも表明したことはない。それゆえに様々な波紋を王宮内に投げかけ、憶測が飛び交う原因となっている。

アウレリア:

 東ガリア王国の第一王女、グレーデン公爵夫人、フォルクハルトの異母姉。

 グレーデン公爵との間に子がないため、年の離れた弟のフォルクハルトを我が子のように溺愛している。

グレーデン公:

 アウレリアの夫。フォルクハルトの義理の兄。

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