6 招待状

文字数 2,367文字

 仰々しくオーレンドルフ家の紋章が刻印され、嫡男結婚の報告とそれに伴う式への招待が

とした字で(したた)められていたわけなのだが、その筆跡はどう裏返したところで流麗さに欠けていた。初めて見るその乱筆を前にフォルクハルトはまさか

手ずから筆を握ったのかと(いぶか)しみ、まさに

の狡猾な性格が滲み出るような文字だと苦笑を浮かべ、そうして律義にも一字一句文面を追いかけているうちに思わぬところで、

「なんだ、最初から私が欠席することは織りこみ済みか」

 声が出た。

 ウドの図々しさは本当に父親譲りだ。そんなことを思いながらさらに文面を読み進めれば、フォルクハルトの欠席を前提に

とした文字は()(しつけ)にもこう(つづ)られていた。



──(すで)に同招待状はオーレンドルフの名を不敬にも(かた)り続ける不逞の(やから)にも送り付けておりますれば、殿下におかれましては何卒(なにとぞ)速やかに愚鈍の徒を()()(もと)より追い出しいただきたく、云々……──



 思わずフォルクハルトは声を立てて笑った。

 何もここまで回りくどい書き方をすることもない。素直にウドを遣わせてほしいと一言申し添えれば済む話だ。そう思うほどに可笑(おか)しくて(たま)らなかった。

 あの伯爵にしてみればこれもある種の冗句なのだろう。相手が笑えば勝ち、怒れば負けだ。そしてあの狡猾な伯爵は、いつだって必ず勝てると確信した勝負にしか手を出さない。要するに子も子なら、親も親。フォルクハルトが評するオーレンドルフ家とはその程度のものだった。

 一頻(ひとしき)り笑ったフォルクハルトは、再び視線を招待状の文面に向けた。そもそもが目障り極まりないオーレンドルフ家の(はな)(つま)みのことなら、いつでも自分の(そば)から消えてくれていい。それがいかなる理由であれ、機会があるなら喜び勇んでフォルクハルトはウドを城から追い出す腹積もりを持っていた。

 なるほど、これはいい兆候じゃないか。そしてこのままウドが戻ってこなければ大層具合がいい。

 文面を読み終えたフォルクハルトはすぐにそう思った。思ったからこそ、彼は伯爵の要請に()えての無視を選んでみたのだ。

 ウドに届いた実際の招待状に何が書かれていたかは知る(よし)もないが、しかし不機嫌が極まってイザークを怒らせるくらいの内容ならもうしばらく放置しておいた方が楽しいに違いないと、意地悪く考えたことも否定はできない。

 果たしてその読み通りに、この二日のウドはとにかく落ち着きがなかった。口から()れる小言にもいつものような覇気がなく、それどころか、「ここに私がいなかったら……」などという意味深な言葉を何度も口にするから滑稽極まりない。本人が気付いて言っているのか無意識で言っているのかはさておき、このくらい元気のないウドの方が自分にとっては仕事がしやすいので、フォルクハルトは笑いを(こら)えながらもすまし顔を続け、願わくはウドなんぞ永遠に(しお)れているがいいとさえ(なか)ば本気で念じたほどだった。

 そんなウドの状況は今朝になっても相変わらずで、決裁を一つ失念していたフォルクハルトに向けていつもの小言を投げつけたまではよかったのだが、「これで私がいなかったらどうなっていたことか」と、またしても未練がましい余計な一言を付け加えたのだからどうしようもない。

 これはもう潮時だろうか。不機嫌な顔をするウドを横目にそう思ったフォルクハルトは、眉尻を上げながら()慳貪(けんどん)な声を出してそっぽを向いた。

「そうは言うが、ウドがいない方が私は心が平穏だ」

「また、そういうことを言いなさる」

「事実だから仕方あるまい」

「嘘ですな!」

「…………」

 もう一押しか? フォルクハルトは思いながら次の言葉を思案した。

「そもそも、(なん)だ? 変だろうが。 先日は大した理由もなくイザークに因縁を付けたとも聞いているぞ?」

 



「……何かあったのか?」

 急かすように畳みかけてみれば、ウドは思惑通り奥歯を噛みしめたような顔をした。その様子にいよいよ何かを言い出すかとフォルクハルトは身構えたのだが、しかしウドはその瞬間には何も言わずにその場を辞していった。

 思惑が外れたか。

 しかし時間の問題だ。

 フォルクハルトは腕を組んで考えた。オーレンドルフ伯爵は負け戦には乗り出さない。それは息子を相手にしても同じのはずだった。

 対するウドは最初から負け戦だったのだ。フォルクハルトにまで気持ちの動揺が悟られていると気付けば、もはや潔くそれを認めるほかあるまい。もうすぐだ。フォルクハルトは悠然とその時を待った。

 しかしてその数時間後のことだ。ウドは再びフォルクハルトの(もと)を訪れ、そしてようやくにして(いとま)を告げた。

「しばらく、留守にします」

 しかし机に向かって書類に目を通していたフォルクハルトは視線を上げることもなく、返答も「ほう」とだけの短いものにとどまった。もちろん内心ではしたり顔の笑みを浮かべていたのだが、状況がこのように傾いた時のフォルクハルトは決して相手の気持ちを逆撫でないのだ。そういう根の部分でお人好しな性格を踏まえてウドもイザークも示し合わせたように「

は温室栽培の花だから」……などと高いのか低いのか一概には判じられない言い回しでフォルクハルトを評しているというのに、当の本人は「道端の雑草」どころか「中途半端に降った雨後の泥濘(ぬかるみ)」程度にしか自己を評価していないというのだから、周囲が気を揉むのも(うなず)ける。

「弟が結婚するとなりましてね」と、ウドは続けた。

「それはめでたいな」

「何かの間違いかと思いましたが招待状が届きまして……。

! 何かの間違いであればよかったのですが」

「…………」

 なんだかんだと日頃からイザークと絡むことが多いせいか、時折ウドの言葉遣いは大いに品を失い聞く者を驚かせる。しかしフォルクハルトは眉を(ひそ)めながらも(たしな)めることはしなかった。が、
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登場人物紹介

フォルクハルト・フォン・ツアミューレン

 東ガリア王国の王太子。王都にはほとんど寄り付かずに戦場を駆け巡る日々を過ごしている。

 とにもかくにも死にたがりで、周囲をやきもきとさせている。

ダニエル・ド・ワロキエ

 西ゴール王国の王弟。呪われた王弟として東西ガリア中にその名が知れ渡っている。

ウド・ジークムント・フォン・オーレンドルフ:

 オーレンドルフ家長男。色を好みすぎて実家からは勘当されている。

 フォルクハルトの右腕を自称しているが当のフォルクハルトには煙たがられており、願わくば消えてくれと思われている。

イザーク:

 傭兵団〈灰猫〉の団長

タイス

 ダニエルの付き人。

王后

 東ガリア国王の第一夫人。アウレリアの実母。フォルクハルト、およびその妹2人の養母。

 政治に口を出すことはないが、その権威は国王を凌ぐとも噂されている。

 フォルクハルトとアウレリアとの間にわだかまる王位継承問題については、これまで一度も自身の立場や意見を公式にも非公式にも表明したことはない。それゆえに様々な波紋を王宮内に投げかけ、憶測が飛び交う原因となっている。

アウレリア:

 東ガリア王国の第一王女、グレーデン公爵夫人、フォルクハルトの異母姉。

 グレーデン公爵との間に子がないため、年の離れた弟のフォルクハルトを我が子のように溺愛している。

グレーデン公:

 アウレリアの夫。フォルクハルトの義理の兄。

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