3 疑惑の王后
文字数 2,327文字
他に男子なく伺 いも許しもなく王宮を訪ねる権利はない。
でも今回のことでは……と、アウレリアはもう一度自分に言い聞かせた。私にはきちんとした理由がある。
今日という今日は実の母に会い、彼女を問い質 し、そしてその心裡を詳 らかにせねばなるまい。アウレリアはその一心だった。しかし、
……まさかこのこと、母は関知していないとでも?
慌てふためき彼女を引き留 めようとする后の家臣たちを振り払い、長い回廊をずんずんと狼狽 えた。
もしもこれが王后の預かり知らぬことであれば一大事だ。無駄足を踏んだばかりか
いや、そんなことは……。
動揺から立ち直り、気を取り直したアウレリアは頭 を振った。どちらの謀 であろうが母は知っている。知っていなければおかしい。
ああ、可哀想なフォルクハルト!
嘆くと同時にアウレリアは一つの扉の前で立ち止まり、ふん、と鼻息も荒く扉を引き開けた。
まさに前代未聞の惨事だ。王族の血を引く貴 き淑女が自らの手で、それも中への断りもなく強引に扉を開くとは。しかも相手は実の母とはいえ、「王后」の肩書を持つ東ガリア最高位の女性なのだ。そんな女性の私室へ勝手に踏み入るとなれば首の一つ二つは確実に刎 ね飛ぶところだが、しかしそこはやはり王后の娘だった。アウレリアは中途半端ながらも確かな特権の中でその身を保障されていた。
重厚な扉が気勢に反してゆっくりと、焦 らすように開き苛立ちを助長する中、王后は悠然とした姿でアウレリアの視界に現れた。我慢がはち切れ思わず声が張り上がった。
「お母様!」
「騒々しい!」
対する王后は厳しい叱責の言葉を娘に投げつけた。その姿を一顧だにせず、つまらぬことを言わせるなとばかりの反応だ。慌てる様子など微塵もない。しかも視線は文机 の上、そして一通の封書の上で止まったまま動く気配もなかった。いや、しかしどうやら今しがた何かの書状を封じたばかりの様子で、何を隠したかといかがわしさが目立つ。
しかもその横には〈狐 と 狼 〉の盤 が置かれ、複数の駒 があまりに雑然とした状態で並べられているとくれば、アウレリアでなくとも思ったことだろう。奇異すぎる。
もちろん〈狐と狼〉そのものは貴賤の別なく東ガリア全土に広く浸透している一般的な遊びだ。アウレリア自身も過去に幾度となく興じてきた。しかし母である王后がこの遊戯に手を出している姿など公 であれ私 であれ、アウレリア自身はこれまで一度として目にしたことがない。
東ガリア人にとって、〈狐と狼〉は様々な点で重要な意味を持っていた。
戦略と戦術を駆使して相手を攻略する高度さ、盤上の駒の進め方いかんによって競技者の秘めたる知性さえもが知れ渡るほどの奥深さ。〈狐と狼〉の覇者はいついかなる時でも賞賛と羨望の的だった。
フォルクハルトもそうだ。
かつての王太子は天才の称号を縦 にし、宮中において敵う者のない強さを誇っていたものだ。もちろん彼が謗 りを受け、その尊厳を著 しく傷付けることにもなりかねない。そのため子供を相手にした場合でさえ大人が容赦をしないのもまた、〈狐と狼〉の持つ側面の一つといえるのだ。
フォルクハルトの実力は本物だ。
在りし日の彼の華麗な駒捌きは伝説となり、彼が王宮を離れた今もなお人々の記憶をくすぐるほどの語り草となっている。
遠い地にある彼の活躍が都 で響けば響くほどに、人々は〈狐と狼〉に目を輝かせていた頃の幼い少年の姿を思い出した。そして当時の彼が誰を相手に〈狐と狼〉に興じたかを巡 って様々な憶測を飛び交わしては、今でも秘密裏に囁 き合うというわけだ。
果たして王太子の寵愛を一身に受けたのはどこの誰だったのか。
相手との親密さを測る尺度にもなる点こそが、〈狐と狼〉の持つ危険さだといえる。
だからこそ王后自身はこの遊戯に手を出さない。彼女の相手は全国広しといえども国王ただ一人のはずだった。そして今ではその国王とでさえ、彼女はこの遊戯に興じることがない。
彼女をこの遊戯から遠ざけたのは恐ろしいほどの潔癖さだ。それは常に中立を貫いてきた王后の至るべき当然の帰結だったともいえる。彼女ほど奇特な女性はガリア全土を探してもそうは見つかるまい。その称号を単なる飾りとしてではなく求められた「役職」と認識し、そのように振る舞うことを己 に課し続けているとくればなおさらだ。「王后」のの地位を得てからの彼女は誰とも懇意にせず、同時に誰をも詰 ったことがなかった。人かと疑うほどの公平さを持ち合わせている、とはこの女性を知る者たちによる彼女への一貫した評価となっている。
やむをえず国の頂点に立つ必要に迫られた場合を除き
、他家に嫁いだ王女の身分が夫の地位に準じるその制度。しかるべき手続きにより法が改まらない限り
、たとえ王であったとしても覆すことが許されていないこの制度に異議を唱える者は多い。しかし決まりは、決まりなのだ。フォルクハルトが王宮を離れた今、王女である以前にただの
グレーデン公爵夫人でしかないアウレリアに、事前のでも今回のことでは……と、アウレリアはもう一度自分に言い聞かせた。私にはきちんとした理由がある。
今日という今日は実の母に会い、彼女を問い
……まさかこのこと、母は関知していないとでも?
慌てふためき彼女を引き
らしからぬ
勢いで歩きながら不意にその可能性に行き当たると、アウレリアは一気にもしもこれが王后の預かり知らぬことであれば一大事だ。無駄足を踏んだばかりか
向こう側
の陰謀に対して大いに遅れをとったことになる。いや、そんなことは……。
動揺から立ち直り、気を取り直したアウレリアは
あのこと
があって以来、アウレリアは母親のことも
信用していなかった。思惑は違えどもこの国は国家ぐるみで策略を巡らし、一人の人間を崖の淵へと追い立て続けている。王后もまた渦中の一人で、むしろ中心により近い存在ではないか。このことを彼女が知らぬはずはない。ああ、可哀想なフォルクハルト!
嘆くと同時にアウレリアは一つの扉の前で立ち止まり、ふん、と鼻息も荒く扉を引き開けた。
まさに前代未聞の惨事だ。王族の血を引く
重厚な扉が気勢に反してゆっくりと、
「お母様!」
「騒々しい!」
対する王后は厳しい叱責の言葉を娘に投げつけた。その姿を一顧だにせず、つまらぬことを言わせるなとばかりの反応だ。慌てる様子など微塵もない。しかも視線は
しかもその横には〈
もちろん〈狐と狼〉そのものは貴賤の別なく東ガリア全土に広く浸透している一般的な遊びだ。アウレリア自身も過去に幾度となく興じてきた。しかし母である王后がこの遊戯に手を出している姿など
東ガリア人にとって、〈狐と狼〉は様々な点で重要な意味を持っていた。
戦略と戦術を駆使して相手を攻略する高度さ、盤上の駒の進め方いかんによって競技者の秘めたる知性さえもが知れ渡るほどの奥深さ。〈狐と狼〉の覇者はいついかなる時でも賞賛と羨望の的だった。
フォルクハルトもそうだ。
かつての王太子は天才の称号を
王太子だから
、ではない。この遊びは誰に対しても常に本気で真剣であることが求められ、仮に相手が国王であったとしても手加減が許されていなかった。もしも何かの拍子に手を緩めたことが明るみになれば無礼のフォルクハルトの実力は本物だ。
在りし日の彼の華麗な駒捌きは伝説となり、彼が王宮を離れた今もなお人々の記憶をくすぐるほどの語り草となっている。
遠い地にある彼の活躍が
果たして王太子の寵愛を一身に受けたのはどこの誰だったのか。
相手との親密さを測る尺度にもなる点こそが、〈狐と狼〉の持つ危険さだといえる。
だからこそ王后自身はこの遊戯に手を出さない。彼女の相手は全国広しといえども国王ただ一人のはずだった。そして今ではその国王とでさえ、彼女はこの遊戯に興じることがない。
彼女をこの遊戯から遠ざけたのは恐ろしいほどの潔癖さだ。それは常に中立を貫いてきた王后の至るべき当然の帰結だったともいえる。彼女ほど奇特な女性はガリア全土を探してもそうは見つかるまい。その称号を単なる飾りとしてではなく求められた「役職」と認識し、そのように振る舞うことを