第1話 プロローグ 若手落語家の独白

文字数 1,195文字

あの世代の師匠方はいつもこう言う「今の若手はいいよな。苦労がなくて。俺たちが若い頃にはコロナウイルスってのが流行って.......。」
打ち上げでほろ酔い気分になってくると、だいたいの師匠方はこんな苦労話を始める。
そのたびに僕は、わからないようにため息をつく。
そっちこそ分かっていない。
「僕が、師匠方の年齢になる頃には日本の人口は8000万人になってるんですよ。新型のウイルスみたいに分かりやすいのが相手なら一致団結できますけど、人口減少のようにジワジワ侵食してくるものとどうやって戦ったらいいんですか!!?」
心の中で何度も叫んだ言葉を噛み殺す。

確かに子供の頃はマスクをつけていた大人が多かった気がする。
赤ん坊の頃の動画を再生しても、みんなマスクをしている。けど、大変だったとは思わない。
『VRコロナ体験』よりも『VR太平洋戦争』の方が15倍も売れているのも、深刻さが違うからだろう。
いや、実際に体験した人にとっては大変だったのだろう。けど我々アフターコロナ世代には全く実感がない。僕たちがコロナに危機感を感じないように、師匠方は人口減少に危機感を身体感覚として感じない。

「お前は心配しすぎなんだよ、劇場も寄席も今が一番たくさん入ってるじゃないか。」

確かに今は落語ブームと言われて久しい。いやブームが長すぎて、ブームと言われなくなっている。2000年間、日本では稲作ブームが起こっているにも関わらず、稲作ブームと言われないのと同じように。
最近は「山芋ブーム」だと言ってあちこちに店舗ができた。今空を飛んでいるドローンの4割が山芋を運んでいる。

「俺たちが若い頃はコロナで大変だったんだ。お前たち若い奴らには分からないよ。」

そう。さっぱり何を言っているか分からない。師匠方の世代が一番恵まれている。
日本の人口は第二次ベビーブームと呼ばれる今の75歳前後の人々をピークに逆三角形になっている。だいたい「コロナが大変だった」と言い出すのは、65歳前後の師匠方だ。
日本で一番人口の多い世代に可愛がってもらいながら、落語会を開催してきた世代には僕たちが何に悩んでいるのか想像だにできないだろう。
日本のお客様はこのままだと、必ず減る。ガラガラの寄席なんかまっぴらだ。
いや、満員でもどうだ。
自動翻訳の精度が10年前から、完璧になった。goglassをかければ、どこの言葉でも同時に翻訳されて表示される。海外のお客様が増えた。goglassに表示される翻訳を読んで笑っている。
果たして落語をやる意味があるのか。
落語VRをアップしておけば、体験回数が伸びて、自動的にお金が入るため、落語家になってから経済的に困窮したことは一度もない。これで良いのか。

僕は、僕の発した言葉で、間で、空気を動かし、一体となった笑いを生みたい。
これがこれからの未来では叶わないかもしれないという不安は、今の師匠方には分からないだろう。
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