第46話 令和三十年十二月 再び大阪⑥

文字数 1,334文字

エレベータで放送局の一階へと降りる。
黒のキャップ帽の女性はエレベータが止まって人が乗ってくるたびにオドオドしている。
エレベータが一階に止まる。黒のキャップ帽の女性は出る気配がない。全員出て行ったのを見計らって、さらに周りをキョロキョロしてからエレベータを出た。

「セキュリティゲートって誰か人立ってますか?」
と吉田に小声で尋ねる。前が見えないくらい帽子を深くかぶらなくても良いのにと思ったが、女性に頼られるのが嬉しく
「守衛さんだけですよ。」と答える。
「そうですか。」と短く答えるとスタスタスタッと小走りで歩き、セキュリティゲートを一人で抜けていった。吉田は後を追いかけたが、セキュリティゲートで「ビー」っという音が鳴る。今日用に臨時にセキュリティパスを発行してもらったので、臨時用のセキュリティゲートから出なければならなかった。

吉田は小走りで歩く黒いキャップ帽の女性を追いかけた。
女性は放送局を出ても早歩きを止めず、道路を横断し、遺跡のある公園へと入って行った。

「ここはなんていう公園ですか?」女性が吉田に尋ねる。
「ここは、難波宮跡公園というところですよ。」
「難波宮?」
「ここに都があったんです。」
「大阪城ですか?」
「もっと昔ですよ。大化の改新って学校で習ったでしょう?」
「蘇我入鹿が殺されるんでしたっけ?」
「そうですね。蘇我入鹿が殺されるのは乙巳の変といって、それをきっかけに起こる政体の改革が大化の改新ですね。飛鳥から難波に遷都して、ここで改新の詔が発布されるんですよ。律令国家の成立です。」
「難しいことは良く分かりませんが、歴史的なところなんですね。」
「ええ。ここは自然の要塞で、大阪城の外堀の内部ですから、大阪城の一部だったこともあるんです。石山本願寺だったこともありますし。難波の宮よりももっと前、仁徳天皇の時代に、高津(たかつ)の宮だったこともあると言われています。もうちょっと南だそうですけど。」
「高津(たかつ)の宮?」
「ええ。仁徳天皇は昔の人にとっても伝説的な為政者だったので、高津(たかつ)の宮がここにあったと推定して、神社を作ったんですね。それが、高津(こうづ)神社です。さっきの落語「崇徳院」にも出てきた高津(こうづ)さんですね。」
「高津さんってこの辺りなんですか?」
「秀吉が移動させて、ここから南西に下ったところにあります。昔はこの辺りにあったそうですよ。この辺りを昔は尾坂(おさか)と言っていました。そこから秀吉の時代前後に大坂と呼ぶようになったんですね。大坂は、永遠の都「高津(こうづ)」なんですよ。」
「永遠の都「高津(こうづ)」。。。」
黒いキャップ帽の女性は、永遠の都という言葉がいたく気に入ったようだった。

「高津神社、連れていってよ。」
黒のキャップ帽をとって、急にフランクな言葉使いになる。吉田は驚いたが、落語家の同期同士敬語で喋るのも堅苦しいと思っていたので
「いいよ。高津神社に行ってどうするの?」と答える。

「あなたには分からないと思うけど、私のしたいことをするの。一日中ね。」と台詞じみた言い回しで宣言された。
吉田は「落語家修行中で、自由が全くないのはお互いさまじゃないか。何を言ってるんだ。」と思ったが「お、おう。」と返しておいた。
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