第40話 令和三十年九月二十七日(日)東京⑩

文字数 1,234文字

「なんで菊江仏壇に変えはったんですか?」三玉斎が曽呂利新左衛門に尋ねる。
無人タクシーは、夜の首都高速に入った。窓から夜空を見上げれば、超高層ビル郡のライトが横へ流れる。5年前に自動運転の場合、高速料金は無料となったので、高速道路を自分で運転している人はほとんどいない。

「そっちの方がええかな思て。良かったやろ?」
「良かったですよ、そら。めちゃめちゃ良かったです。兄さんの事すごいすごい思てましたけど、こないにすごいと思てませんでした。」
「やかましいわ。」
「やっぱし、立ち切れやったらアカンかったんですか?」
「立ち切れでもええんやけどな。あの場合、菊江やろな。」
「なんでです?」
「お前、令和仏教ってどない思てるねん?」

出し抜けに質問され返されたので、三玉斎は答えに窮する。

「俺はな、正直な、ええとは、思てへん。」
「カルトって事ですか?」
「カルトかどうかはどうでもええねん。どっちかいうたら、立派な宗教なんちゃうかな。そういう意味ではもっと流行ってもええと思うねん。ただ、令和仏教の人らってちゃんとしてるやろ。生き方とか、救いとか。俺とは宗旨が合わん。」
「兄さん、なんか信仰してはったんでしたっけ?」
「「どうしょうもないやつ万歳教」や。」
「なんですか、それ。」
「菊江仏壇や。」
「菊江仏壇に出てくる「どうしようもない」若旦那を万歳するって事ですか?」
「ちゃうねん。万歳したいのはな、それでわろてくれはるお客さんやな。」
「どういう事ですか?」
「若旦那の嫁さん、死んでるのに、あんなウケたらアカンやろ。人として。」
「兄さんが笑かしたんちゃいますのん。」
「俺、腕あるからな。」
「ほんで、どういう事ですのん?」
「そら、相手の土俵で戦いたかったからな。宗教言うたら、つまるところ「生きるとは何か?」と「死ぬとは何か?」や。慈水さんの説法もそうやな。」
「兄さんの宗旨では何ですのん?」

「死ぬも生きるも別に大した意味はないっちゅう事やな。ホンマはみんな知ってるねん。けど今年の抱負とか書かされたりするやろ?あれでおかしなんねやな。ちゃんと生きなアカンて思てまうねやな。ところが、ホンマは意味ない事に気づいてるねん。せやから、若旦那の嫁さん死んでも笑えるんや。人が死んでも笑えるねん。ホンマは皆、どうしようもないんや。それに気づけるのが、ウチの宗派やな。」

「なるほど」
「せやけど、そんなどうしょうもない人間ばっかりやったら、社会は動かへんからな。」
「はい?」
「人間、正しく生きる事も大事や。」
「はぁ。」
「せやから、一生懸命生きていこういう話やな。」
「言うてる事、めちゃくちゃちゃいます?」

「まぁ、ウケてたしええんちゃう?結局な、俺らはウケとったらそんでええねん。さ、美味しい牛さん焼きにいこか。」

下道に入った無人タクシーは路地に入る途中で一時停車した。猫が横切ったためだ。
方向を変えて、再び動き出した無人タクシーのタイヤの重みで、通りがかったアリがグニャリと踏み潰されたことは誰も知らない。
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