第53話 令和三十年十二月 再び大阪 13

文字数 1,351文字

「ところで、放送局での予選をずっと聞いていてどうだったの?」吉田が志水里香に尋ねてくる。
「面白かったわ。」
「それは、わかってるよ。どうやって演目を短くしてたの皆さんは。時間制限があるでしょ。」
「とても興味深かったわね。全員が11分にまとめなきゃいけないなんて、単純にテクニックを競うコンテストじゃないからね。落語をどう考えてるかってのが問われてたわね。好き嫌いは置いておいて、明確にそれを打ち出している演者は可能性があったと思うわ。」
「君、全員、先輩なのによくそんな偉そうに分析できるね。」
「何言ってるのよ。先輩がどうとか言ってたら、ダメよ。この世界は。お客様には関係ない話よ。自分が一番と思わなきゃ。」
「だから、なんでそんなに大御所みたいなこと言えるんだよ。まだ一年目だろ?」
「いい。最初に延陽伯をしていた演者がいたわよね。」
「後半しか聞けてなかったけど、とても上手かったね。」
「何言ってるのよ。全然ダメよ。普段の舞台は聞いたことないから知らないけど、少なからず今日の出来は最悪ね。」
「なんでだよ。」
「まぁ呼吸も芝居も中の上だったわ。けど、あれくらいの腕の演者なら他にもいっぱいいもの。何人決勝に行けるのか知らないけど、普段の落語じゃないんだから。」
「いやぁ、普段通りやるのも一個の手じゃないの?」
「普段通りやるのも一個の手?何言ってるの?甘いのよ。落語なんてね、15分以上やるから面白いのよ。11分でその魅力を伝えるんだから、相当準備しないとダメなのよ。そもそも普段通りじゃないの、11分以内なんだから。もちろん頭からやって途中で切ってお終い。それでもいいわ。けど、それはね、相当覚悟を持ってやらないといけないわ。だって頭の11分だけの落語なんて面白くないもの。それだったらそもそも11分以内のネタをやればいいのよ。20分のネタだったらね、9分無くさなきゃいけないの。それは相当研究しないと、ネタがかわいそうよ。」
「君が言うんだったら、あの鉄砲勇介をやった先輩もダメだったって言うの?途中でオチをつけてたけど。」
「あの人はとても良かったわ。」
「なんでだよ。」
「あの人は11分間にどれだけ笑いをとれるかの一点に絞ってネタを再構成していたわ。あの人は伸びるわよ。100パーセント自分のやりたいようにできるわけじゃないの、11分なんだから。その中で何を捨てて、何で勝負するのか明確な人の芸は、たとえ負けたとしても、私は評価するわ。」
「何目線なの?」
「コンクールに出るってことはそういうことなのよ。普段通りやって認められたいなんて思っちゃダメよ。そもそも11分なんだから。普段通りなんてありえないの。この世界はね、負けちゃいけないのよ。」
「さっきは負けても評価するって言ってたじゃないか。」
「私は評価するわよ。けど、世間は勝ち続けないと評価してくれないわ。20分のものを11分にまとめるって言うのはね、性格がモロに出るから怖いのよ、みんな。台本を編集するってことは、台本という言い訳ができないからね。自分が出てしまうもの。けど、これだけは、覚えておきなさい。演者の人間性が出ない芸なんて私は芸とは認めないわ。」

同期の、一年目の落語家はずの女性が一流芸能人のような覚悟を語り、吉田は単純にかっこいいと思った。
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