第28話 令和三十年七月二十三日(木) 東京③

文字数 1,123文字

「坊さんがなんで講談やってんねん?」曽呂利新左衛門が三玉斎に尋ねる。
「講談ではないんです。説法です。」
「講談やないか。」
「釈台も置いてないし、張り扇も打ってないじゃないですか。」
「アホか。講談の本質てそこちゃうやろ。超一流の講談やないか。若いのに、こんな人がいてはるんやなぁ。」
曽呂利新左衛門は、しきりに感激している。

三玉斎は、慈水の説法が曽呂利新左衛門さえ唸らすことに嫉妬を覚え「けど、令和仏教ってカルトですよ」と耳打ちしかけるが、その気持ちを打ち消す。
令和仏教は仏教の名を騙るカルトかもしれないが、慈水の芸は本物だ。
それに、三玉斎は慈水と何度か飲みに行く中で「令和仏教は信用できないが、慈水は別だ。」と考えている。
また、慈水も世間からの目をクレバーに理解しており、寄席芸人に入信をすすめる真似はしない。

慈水の高座が終わり、楽屋へ下りてくる。慈水も曽呂利新左衛門のことは無論知っているので「説法という形で高座に上がらせていただいております。令和仏教の慈水と申します。」とうやうやしく頭を下げる。
しかし、そこに媚びへつらう様子はなく、胆の座った挨拶である。
曽呂利新左衛門も「曽呂利新左衛門です。今日は、三玉斎さんに口利きしていただき出演させていただきます。よろしくお願いします。」と、後輩の三玉斎を立てながらお辞儀する。

と、そこへ席亭が挨拶へ入ってくる。
「曽呂利新左衛門師匠、おはようございます。玉露亭の席亭の柱谷でございます。本日は遠路はるばるありがとうございます。早速でございますが、事務所の方へ。」
と事務所へと連れ出される。
三玉斎が、流石のVIP対応かと思っていると

「慈水先生もこちらへ」

と慈水も事務所へ招かれる。
「席亭と曽呂利新左衛門と慈水の三人で何を話すのか?」と疑問に思ったが、ついていくこともできない。
しばらくして、席亭がまた楽屋へと戻ってきて三玉斎を連れにくる。
「自分になんの用が?」
とポカンとした顔をしていると席亭が「曽呂利新左衛門師匠に仕事の話をすると、今日は三玉斎さんの顔で来させていただいてますんで、お受けできませんっておっしゃるんですよ。律儀なお方ですね。」と説明する。
三玉斎は、席亭にとって曽呂利新左衛門への取次ぐらいにしか思われていないことに不甲斐ないなさを感じたが、同時に曽呂利新左衛門の変わらない兄貴肌の性格を思い出し、感謝と敬愛の気持ちでいっぱいになった。
「新左衛門兄さんに、仕事の話ってなんですか?また出演依頼ですか?」

「いえ。秋の10周年の企画で新左衛門・慈水二人会ができないかと思ってまして。三玉斎さんからも一つお願いしていただけますか。」
三玉斎はそれでもお願いせねばならない悔しさに唾をゴクリと飲んだ。
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