第26話 令和三十年七月二十三日(木) 東京

文字数 1,017文字

ただ立っているだけでも汗が滲む。
三玉斎は東京駅、新幹線中央口で、人が現れるのを待っていた。
東京に移住し、4ヶ月が経った。今までのツテを頼ることで、幾分か出番も増え、また、zaxi(ザシキィ)に登録することで、関西出身者の家へ落語に赴くようになった。首都圏に住む、関西出身者は意外と多い。

寄席の出番も増え、実力も認められてきているが、やはり、上方との橋渡し的ポジションを期待されることもあり、誰々を呼んで欲しいので、三玉斎の顔でどうにかならないか?と席亭に頼まれる。ギャラはワリのため、直接声はかけづらいが、落語家同士ならどうにかなるだろうとの魂胆である。
三玉斎は「自分に圧倒的実力と人気があれば」と悔しがるが、生きるためには仕方がない。
協会派・連盟派どちらにも中立の三玉斎はそういう意味では、適役である。

「なにさっきからぼーっとつっ立っとんねん?」
後ろから声をかけられビクッとする。すぐに振り返る。黒髪パーマで薄いサングラスをかけた和装の男性が立っていた。
「あ!兄さん、すみません。もう来られてたんですか?」
「そうや。地下街でご飯食べてた。東京、人多いな。」
「こちらは?」後ろの坊主頭の青年のことを尋ねる。
「弟子や。」
「兄さん、おでっさんとられたんですね。」
「今日からな。」
「すんません。お忙しいのに。」
「かめへんがな。東京で、頑張ってるて聞いてるで。」
「帰りの新幹線は決まっはりますか?」
「いや、決まってへんけど、食事誘われてるから16時半頃出よかなおもてる。最悪リニア乗ってもええけど、アホみたいに高いやろ。」
「でしたら、出番終わられたら、お茶でもどないですか?」
「ええな。久しぶりに近況聞きたいし。なんなら、大阪帰らんと一泊したいくらいやわ。また、文団治兄さんとこ行かなアカンねん。バレたら会長拗ねるやろ。」
「文団治兄さんも会長もお元気ですか?」
「二人とも元気も元気や。揉めまくりや。大体あの二人は同族嫌悪やねん。あんなん巻き込まれるだけ損や。自分気ぃ使いすぎやで。俺みたいにアホのふりして協会おったらええねん。」
「お二人ともお世話になってますんで。」
「相変わらず、律儀やなぁ。人生損するで。まぁ、そこが三玉斎のええとこやけど。ほんでこっから、どう行くねん。」
「はい、タクシーで10分ほどですんで、どうぞこちらへ。」

三代目曽呂利新左衛門、来京。
このニュースに、落語好きたちはこぞって、新御茶ノ水の寄席「玉露亭」へと集まっている。
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