第45話 令和三十年十二月 再び大阪⑤

文字数 634文字

吉田が審査会場へと戻ってくると落語のほとんど後半であった。
演者は「崇徳院」をやっていた。25分ほどの演目である。
どのようにまとめたのかか知りたい。
オチを言って落語が終わる。これで予選出場の20名全ての演者が終了した。

吉田は、洒落とは言え、海外公演中の師匠からの「競技落語の是非について」学術的なレポート期待してるわ!」というメッセージに返信せねばならず、焦っていた。

「すみません。」
「はい?」
「ずっと聞いてたんですか?」
「はい、ずっと聞いていましたよ。」

なにかヒントを持っている人であれば誰でも良かった。
黒のキャップ帽の女性は自分と同じような立場で勉強しにきたのだろう。先輩の着物をたたみにいかなかったのも、きっと行ったり来たりしているようでは何も得られないと早くに気づいたからだろうと、吉田は自らを恥じた。

「前半、どうやってまとめてたか全部覚えてますか?」
「全部じゃないですけど、一応。。。」
「これ、終わったら師匠の家に帰らないといけないですか?時間ありますか?前半、どうだったか教えていただけませんか?」
「じゃあ、放送局から出て、どこか歩きながらでどうですか?」黒のキャップ帽の女性の意外な提案に吉田は驚く。
「そうしましょうか。」

真面目一筋の吉田は黒のキャップ帽を深々と被った、なんとなく陰気な雰囲気の同業者とはいえ、女性と二人きりで道を歩くのは、成人してからしたことがない。
高揚感に、反対側の舞台袖に降りていった先輩にバレないように一刻も早く放送局を出たかった。
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