第43話 令和三十年十二月 再び大阪③

文字数 1,312文字

落語・講談新人大賞は5年目から15年目の東西の落語家と講談師のナンバー1を決める大会である。毎年、落語と講談という異ジャンルが一同に戦うことは、判断基準が曖昧で、フェアなのかという疑問が内外から出されるが、この15年間はこのシステムである。
空前の慈水ブームもあり「説法」などの芸も合同すれば良いのではという意見が出てくるのも、少子化の影響で競技人数が年々減ってきているからだろう。
かつて存在した、ピン芸人のナンバーワンを決めるという緩いコンセプトのコンテストよりは、「一人で座布団に座って喋る芸」という規定は判断基準を設定しやすいのかもしれない。

と吉田は思った。

吉田は、師匠が海外公演ということもあり、毎日師匠に「どの落語会に勉強に行かせていただく」という報告を送っている。今日は、落語・講談新人大賞の予選に勉強に来ていた。

「吉左衛門て大御所感ありすぎるから、やっぱり年季中は曽呂利吉田でどうや?」という洒落なのか本気なのか分からない師匠の思いつきで、引き続き、仲間うちにも吉田と呼ばれていし、自身も、曽呂利吉田あるいは吉田と名乗っている。

「今日は落語・講談新人大賞に勉強にうかがいます」と師匠にメッセージを送ると「おお、ほな「競技落語の是非について」学術的なレポート期待してるわ!」と返信がきた。

「競技落語」という言葉の意味が分からなかったが、来てみてわかった。
寄席のように、次から次へと出囃子で繋いで落語をしていくわけではなく、一演者ずつ間にディレクターが「名前と演目」をアナウンスする。
20名ほど観客が入っているが、どうやらエキストラという形で雇っているらしい。
その後ろには会議机が並べられており、ディレクターなど審査員が座っている。カメラであるが、予選が放送されることはなく記録用に録画されているらしい。

吉田は審査会場の舞台袖で高座を聞くことで勉強していた。
控室と審査会場の階が違うので、毎回先輩の着物を畳ませていただこうと行き来していたが、そうすると、いつも高座の後半しか聞けないので「競技落語の是非について」というレポートが提出できなくなると焦っていた。

先輩の着物を控室で畳み、急いで審査会場へ戻ろうとする。エレベーターを待っていると、女性がやってきて乗り合わせた。吉田が審査会場の階を押すと、女性は特にボタンを押さなかったので、同じ審査会場の階へと行こうとしているらしい。

「曽呂利新左衛門の弟子で吉田と申します。」と吉田は大きく発声し、激しく頭を下げる。関係者かなと思ったら間違えても大声で挨拶するようにと師匠から教育されている。
「ど、どうも。」

女性は黒のキャップ帽を深く被っているため表情は分からないが、会釈し返してきた。

テレビ局では、寄席とはまたルールが違うのかもしれない。あるいは、落語の関係者ではなく、ディレクターさんかメイクさんかなにかで「〇〇の弟子の✖️✖️です。」という定型文は場違いだったのかもしれない。

吉田はそう思ったものの、それよりも次の演者の落語が聞きたいため、エレベーターが審査会場の階へと着くと、通路を早歩きをして会場へと向かった。
黒のキャップ帽を被った女性も後ろからついて来ていた。
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