第3話 令和三十年七月。大阪。 ②

文字数 1,663文字

車内は、乗客の好きな音楽をAIが割り出し、目的地との時間を計算して、数曲、流れるようになっている。青年が少年時代、流行した曲が流れる。和装の男性はこの曲がお気に入りのようで、黒足袋に雪駄を履いた脚を組んでリズムをとっている。
15年ほど前、若干30歳にして紅白歌合戦の紅組のトリを飾り、人気絶頂のまま突如引退したアーティストの曲が流れている。軽快なリズムに透明感のある声で歌うこの歌手の曲は青年も好みであり、思わず、頭の中でリズムをとってると
「曲変えることできるか?」
後部座席から操作席にいる青年に声をかける。
「師匠はこの曲がお嫌いですか?」
「いや、めっちゃ好きやねんけど、こう勝手に好きな曲ばっかり流されたら、なんか気持ち悪いやろ。機械に見透かされた気がして。僕らの若い頃は、師匠の好きな曲をあらかじめ調べておいて、車ん中で流して気にいられたもんやけど、こないジャストで当てられたら気持ち悪いわ。君の好きな曲、手動で入れられへんか?君なにが好きやねん?」
「僕の好きな曲ですか。V系ですかね?」
「V系?まだ流行ってんのか?ヴィジュアル系て。」
「えーっと、ヴィジュアル系というのは、、、えーっと?」
「V系ってヴィジュアル系とちゃうんか?」
「あ、すみません。V系ポップという音楽です。ベトナム発信の音楽ジャンルで。」
「あ〜若い子らの間で流行ってるらしいな。ベトナムの音楽。ちょっとかけてみてや。」
「はい、承知いたしました。」

青年はgoglassの履歴から、アジアを席巻しているベトナム出身の四人組の男性グループの曲を無人タクシーと共有した。エフェクトのかかった打ち込みのリズムは、下手でも踊れるように計算されており、四人の男性のコーラスワークがとても綺麗なハーモニーを奏でている。
着物の男性はとても愉快そうにリズムととって集中して聞いている。
ちょうど曲が終わると同時に目的地へ到着した。
青年は操作座席から素早く降車すると、後部座席の扉を手動で開け、荷台からキャリーバックを取り出し、着物の男性が降りるのを見極めて、また手動で後部座席の扉を手動で閉めた。
無人タクシーは「ありがとうございました。またのご乗車をお待ちしています。」と可愛らしい女性の声でお礼をして、去っていった。

「若い子ぉらはあーいう曲聞いてるんやなぁ。かっこいい曲やなぁ。」
「はい、曲もかっこいいですし、歌詞もすごくいいんです。」
「君、ベトナム語もできるんか?」
「いえ、ベトナム語はできないのですが、goglass をかけていると自動翻訳が表示されるので。」
「あ、それで。最近、そのケッタイな眼鏡みたいなんかけてる人多いんか。俺らの世代でもかけてるやつとか結構おるな。あ、ピンポン、鳴らしてきて。」

青年は男性に促され、少し小走りで新築の高齢者用タワーマンションのロビーのタッチパネルに4004と入力する。少ししてタッチパネルから「はい?」と聞こえたので
「曽呂利新左衛門のところで見習いをしております、吉田と申します。本日はお招きいただきありがとうございます。」
「あぁ、新左衛門師匠来られたか。開けますから入ってください。」

自動扉が開く。見習いの青年は、師匠である着物の男性、三代目曽呂利新左衛門が到着するまでに自動扉が閉まらないよう扉の前で待つ。師匠が、入るのを見極めてから、キャリーバッグを持ち上げて小走りで、エレベーターに向かい上のボタンを押す。
エレベーターは高速だが、2台とも30階付近にあったため、少し間ができてしまった。その間に青年がどうしようかと思案していると、曽呂利新左衛門がエレベーターの階数パネルを見ながら

「落語っちゅうのは、果たして、社会生活の維持に必要か?それとも落語は不要不急か?」
「フヨーフキュー。。ですか?」見習いの青年は問われた言葉の意味がわからず、師匠に聞き直す。
「寄席は、社会生活の維持に必要か?どうや?君みたいに賢い若い子はどう思うねん?」
「えーっと。。。」

青年が答えに窮していると、エレベーターが到着する。

「まぁええわ。乗ろか。」
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