第44話 令和三十年十二月 再び大阪④

文字数 766文字

吉田は審査会場と控室を行ったりきたりしている。
コンクールの規定で、普段20分を超える演目も11分以内にまとめて口演されているため、後半の一部しか聞けないでいる。
知っている演目でも全体をぎゅっとコンパクトにまとめたり、一部を取り出し、そこを広げたりしている。
しかし、後半の一部しか聞けないため、前半どのようにまとめたか全く分からない。
これでは、せっかく勉強に来たのに、何も得られないまま帰ることになる。また、師匠に報告できる内容もない。

舞台袖にはずーっとエレベータで同乗した黒のキャップの女性が突っ立って高座を聞いている。
ひょっとしたらテレビ局関係の人ではなくて、落語家かも知れないなと吉田は考察する。
落語家であるとしたら先輩に違いなくもう一度きちんと挨拶せねばならない。

舞台袖で喋ると、声が気になり、コンテストの邪魔になる。
そこで、一席終わるのを待って「先ほどエレベータでは落語家の先輩と気づきませず、失礼いたしました。曽呂利新左衛門の弟子の吉田と申します。」と挨拶した。
黒のキャップ帽の女性は「あ、先輩ではないと思います。」とか細い声で答えた。
「入門はいつですか?私は七月なんですが。」
「私も七月です。」
「あ、同期なんですね。どちらの師匠の、、、、。あ、僕師匠から先輩のお着物畳むように言われているので、羽織もらってきます。」
「は、はい。」

反対側の舞台袖から演者が出はけするため、吉田は裏を回って羽織をとりに行った。黒いキャップ帽の女性は動く気配もない。

急いでエレベータに乗り、控室へ移動する。羽織を畳み、着物を畳む。
控室を出て小走りで戻ろうとする。
途中、隣の部屋から白のカーディガンを着た女性が出てきて、トイレに入ったり、通路を行ったりきたりと何やら人を探しているようだったが、吉田は、特に気にすることもなく審査会場へと戻った。
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