第51話 令和三十年十二月 再び大阪⑪

文字数 1,066文字

志水里香は、生まれて初めての自由を謳歌していた。生まれたときから、世間に晒されてきて生きてきた。
彼女の母親は、動画投稿サイトに生後すぐの自分の娘をアップロードし続けた。勿論、本人は拒否できる年齢でもなく、動画は世界中に拡散された。

育児系動画投稿者として世間の注目を集めた彼女の母親は、生活もどんどん派手になっていった。
志水里香は、父親を知らない。
気づいたときには、母親と二人だった。
「女を作って、急にいなくなったのよ」と母親に教えられたが、きっと嘘であると確信している。母親は男関係にだらしがない。
現在も、志水里香の稼いだお金は一旦、母親が社長を務める事務所に全額入る仕組みになっている。母親は娘とほとんど年の変わらない若いダンサーと暮らしている。

志水里香は母親を怨む気にもなれない。そういうものだとあきらめている。
幼い頃から、24時間母親にカメラで追われ、世間に切り売りされてきた。泣き叫んで、つらさを訴えても、カメラを回されるだけで何もしてくれない苦しみが原風景である。

5歳の頃には天才子役と言われて、サブスクリプションの動画配信サービス制作のドラマにひっぱりだこであった。物心つく前から、英語と中国語を叩きこまれた。米国制作・中国制作の映画にも出演し、母親は億万長者となった。

12歳になった。急に仕事が来なくなった。女の子から女性になりつつある志水里香は必要なくなった。
12歳にして志水里香は、用済みになってしまった。
母親は毎日イライラしていたが、志水里香は中学校にゆっくり通えることが嬉しかった。
台本も覚えなくて良かった。
部活動もやってみたかった。母親に内緒でバドミントン部に入った。校外学習にも初めて参加した。
芸術鑑賞会で落語に出会った。初めて心から楽しいと感じた。

「喜びなさい。ママが仕事とってきたわよ。感謝しなさい。このドラマがこけたら許しませんからね。」
束の間の幸せが潰えた。
昔のようなヒロインの役ではなく、同級生のヒロインに毒薬を飲ませる悪役だった。この演技があまりに上手すぎて、世間から「いつ人を殺すかもわからない少女」という見方をされるようになってしまった。
同級生たちは怖がって、部活も辞めてしまうことになった。せっかくできた友達も離れていった。

それとは対象的に業界では、演技派の若手女優という評価となり、またスターダムへと返り咲くこととなる。世間は復活と見るが、本人は地獄へ戻ってきたと思っている。
志水里香にとって幸せな時間は、一人自分の部屋で落語を聞いて、あの楽しかった中学生時代を思い出すことだけだった。

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