第24話 令和三十年 四月五日(日) 東京③

文字数 1,026文字

その日の三玉斎の出来はまずまずだった。
15分出番だったので、普段20分尺でやっている得意ネタを15分尺に刈り込んで、口演した。
思っている以上にウケた。いや、ウケ過ぎていたように感じた。
それが、東京の観客に自分の芸がマッチしたのか、あるいは慈水が作った空気感に寄席全体がヒートアップしたのか、一回では判断できなかったが、三玉斎は、パフォーマンスを発揮できたことに満足した。

舞台袖で慈水が、三玉斎の高座を聴いていた。もう帰ったのかと思っていた三玉斎は驚いた。

「師匠、お疲れ様でした。」
「師匠、なんてやめて下さいよ。先生。ニイさんかアニさんで結構ですよ。」
「では、私もアニさんと呼ばせていただきますので、先生とお呼びにならず、慈水とお呼びください。」

慈水は人懐っこい笑顔を見せる。
彼が、得体の知れないカルト教団「令和仏教」の人間でなければ、食事に誘ったところだが、疑念の残る、三玉斎は誘えずにいた。
それを察したのか慈水も「では、アニさん私はこれで。」と挨拶して帰っていった。

三玉斎は一人で、寄席をあとにし、新御茶ノ水から千代田線に乗り、代々木上原で小田急線に乗り換える。ホームで待っていると一台目は「女性専用列車」だったため見送り、次の急行に乗る。

席亭には、「是非来月もお願いします」と出番が割られた。
一度きりにならなかったことに三玉斎は安心をしたが、実力が認められたのか、弱小団体ゆえにカードを出来るだけ持っておきたいとの判断か分からなかった。
しかし、舞台袖で聴いていた、東京の落語家たちには実力を認められたという実感があった。
ただ、着物を畳んでくれていた前座の「慈水先生が、三玉斎師匠の高座、唸って聴いてらっしゃいました。」
との評は「あの、慈水、がすごいという評価だから、すごい」ということになる。
これには困惑したが、慈水の話術としての実力を認めていたので、つい頬が綻んでしまった。

「慈水さんを食事に誘えばよかったかな。」
まだ、世間は、慈水の高座を知らない。令和仏教界ではどうか知らないが、今まで三玉斎の耳に入ってこなかったということはそうなのだろう。
世間を席巻するだろう予感のする高座であった。また、令和仏教の僧侶だということで、ネット上で賛否分かれてバチバチに議論が繰り広げられるだろう。
それも追い風になるに違いない。

三玉斎は「今のうちから仲良くしておくと、なにか仕事に繋がるかも知れないな」と世俗的な煩悩が浮かんだあとで、首を振って懸命に否定した。
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