第37話 令和三十年九月二十七日(日)東京⑦

文字数 1,032文字

三玉斎は曽呂利新左衛門の噺の展開をじっと聴き「菊江仏壇やろな。終盤にハメモノあるから、僕太鼓打つわ。」と前座に向かって答える。
鳴り物担当の前座は救われたような顔をして「ありがとうございます」と礼をする。

今日のお客さんは女性客も多く「菊江仏壇」をチョイスするのは、良くないのではないかと三玉斎は思った。
この落語が嫌いな女性は多い。そして、長い割にこれといったストーリーもないので、やり手も少ない。

病気で実家に帰っている妻「お花」を見舞いに行かない若旦那が、親旦那がいない隙を狙って、家にお気に入りの芸者「菊江」を呼び、番頭・丁稚・女中連中皆巻き込んで、ワーっと散財する。
親旦那は「お花」の見舞いに行っていたが、とうとうお花は死んでしまう。悲しい気持ちのまま家に帰ってくると、三味線太鼓で派手に散財している音が聞こえる。始めは、ご近所さんかと思ったが、自分の家だということに気づきカンカンになって家へ入ってくる。
父親が帰ってきたことに、慌てた若旦那は「菊江」を大きな仏壇に隠す。
散財している形跡を見つけた親旦那は呆れ返る。親鸞上人のお姿でも拝もうと仏壇を開けると白装束の菊江が立っている。それを無念で化けて出たお花と勘違いした親旦那「お花、迷うたか。どうぞ消えておくれ」「私も消えとおます。」

後味も悪く、男性である三玉斎もこの若旦那は最悪の人間という認識である。

曽呂利新左衛門の「菊江仏壇」は冒頭の親旦那と若旦那のやりとりが終わって親旦那が見舞いに行き、その隙に花街に出たいと番頭に相談するところへと差し掛かる。
親旦那から見張るようにと言い使っている番頭はそれを許さない。当たり前のように突っぱねられる。
そこで若旦那は、一計を案じる。親旦那の信用厚い番頭が、実は裏で帳簿を誤魔化していることを自分だけは知っていることを仄めかす。

極道ものの若旦那だが、一貫して憎めない人物として描かれている。どうしようもないけど、可愛らしく、憎めない男。
番頭の不正を仄めかすシーンでも、脅すという雰囲気ではない。そんな番頭の悪い部分も認めている様相で、番頭も可愛い若旦那の言う事を聞いてあげたいという気持ちが第一にあるように感じる。硬いことばかり言っている親旦那よりもこの若旦那の方が人としての魅力がある。
「上手いな」三玉斎の脳内のスクリーンには、自分が男性だからかもしれないが、曽呂利新左衛門が操る「どうしようもない若旦那」が「どうしようもなく憎めない若旦那」として躍動し始めている。
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