第29話 令和三十年七月二十三日(木) 東京④

文字数 1,099文字

玉露亭、開席十周年記念のイベントは三日間にわたる。
その二日目の夜席に、新左衛門・慈水二人会を持ってこようという話だった。
三玉斎は「勿論、曽呂利新左衛門が良ければ出演していただきたい」と席亭に同意している。

「そら、慈水さんはずっと玉露亭出てはるからええにしても、俺が出たらアカンでしょう、記念イベントなんですから。そっちの団体の落語家がメインやないと。」
曽呂利新左衛門は断りを入れる。

「私も新左衛門師匠と同じ考えです。落語家さんのメインのイベントにしていただいて。勿論、私も色物として出演できたらありがたいと思っています。それに、新左衛門師匠と私では格が違いますので、二人会だなんておこがましいです。」
慈水も礼儀正しく、同調する。

こうなっては、席亭の頼みといえど、三玉斎が曽呂利新左衛門にこのイベントの出演をお願いすることも難しい。筋の上からすると曽呂利新左衛門が正しいのだから尚更である。また、内心、三玉斎はホッとしていた。

「おこがましいことはないですよ。慈水さんと二人会なら喜んでやりたいです。ただ今回の十周年の企画というのにはそぐわんかなと思うだけで。」

との曽呂利新左衛門の返答に、待ってましたと言わんばかりに席亭が

「では、別の企画として、秋にうちで二人会をやっていただくということで、どうでしょう?」
「それなら、喜んでやらしてもらいますわ。」
「新左衛門師匠がよろしいのなら。」

あらかじめリハーサルしていたかのようにトントンと話が進む。

「では、長講一席ずつでガチンコの二人会ではどうでしょうか?」と席亭が提案する。

二席ずつではなく、一席ずつという提案に三玉斎は首を捻る。曽呂利新左衛門の良さを堪能しようと思えば、二席あった方が良い。飄々とした軽い噺をしたかと思えば、重厚な大ネタをかけたりする。爆笑の一席があったかと思えば、人情噺で締めてしまう。その両端が超一級品で、振れ幅にも酔いしれるというのが、曽呂利新左衛門の落語の楽しみであると三玉斎は理解している。

反対に、慈水の説法は一級品ではあるものの、曽呂利新左衛門ほどの多様性はない。ところが、説法というジャンルの特性上、おそらく寄席サイズの20分ではなく1時間近く喋って、やっと真価を発揮するのかもしれない。

長講一席ずつでは、あまりにも慈水に有利である。
それもガチンコ勝負と煽れば、曽呂利新左衛門より慈水の方が良かったとの評になりかねない。観客の評判は一気に世間を駆け巡る。
慈水が世間の評判をかっさらう絶好の機会である。

三玉斎は、玉露亭の事務所の柱に、以前はなかった令和仏教のステッカーが貼ってあるのを見つけて、悪い憶測が頭の中を駆け巡った。
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