第11話 令和三十年七月二十一日 大阪。③

文字数 1,097文字

「今日はここや。」
曽呂利新左衛門のタワーマンションから、徒歩15分ほどのところ、商店街を曲がったところ、突如、大量の提灯を釣った寄席小屋が現れる。神社の横手にある寄席小屋である。
「今日は、2時開演で俺の独演会やから。」
寄席の入り口には大きな木の板があがっており独特のフォントで「曽呂利新左衛門」と書かれている。その入り口からは中へ入らず、脇にある楽屋口の扉を曽呂利新左衛門が開く。吉田は、キャリーバッグを引きながら、勝手が分からないままも、どんどんと入ってゆく。
曽呂利新左衛門が中へ入ると浴衣を着た若者二人が「おはようございます。」と駆け寄ってくる。
「おはよう。今日、見習いついてきてるねん。なんの役にもたたんねんけど、すまんけど、入らしたって。」
浴衣の若者二人が吉田の方を見やる。
吉田は、場違いでも教えられたことだけは果たそうと、ただ大きな声で「曽呂利新左衛門のところで見習いをしております、吉田と申します。」と溌溂と挨拶をする。
若者二人はそれぞれ「〇〇の弟子の✖️✖️です。」と答える。

スライド式のドアを開けると畳敷の楽屋となっている。曽呂利新左衛門は一番奥の一番左の化粧前の座布団に座る。
それを見て、吉田は今日は曽呂利新左衛門より香盤が上の師匠が来られないことを理解し、持っているキャリーバッグをどの位置に置くべきか考察する。

「吉田。キャリーバッグ楽屋に入れたら邪魔やから、隣の小部屋に持っていって、風呂敷だけ出してこっち持ってきて。悪いねんけど、教えたってくれるか?」
曽呂利新左衛門派、浴衣の若者に軽く右手で会釈する。言われた若者は、親切に小部屋に案内してくれる。
「ここは、我々、若手の控室やねん。この寄席は我々「協会派」の落語家のホームグラウンドや。昼は独演会とかそれぞれ落語家が企画持ち込んで、夜は協会主催の通常興行や。落語が8本に色物2本が並んでる。昔は、昼が通常興行で、逆やったらしいねんけど、5年前に今の会長になってから、すぐ変えはった。平日昼に独演会なんかして、お客さん入るわけあらへんがな。言うてだいぶ揉めてたけど。僕は入門してすぐの総会の議題がそれやったから、エラいとこ入ってしもた思ったわ。」
「師匠はどちら側のご意見だったんですか?」
「新左衛門師匠?新左衞門師匠は総会のとき何もしゃべらはれへんから分からへんな。けど、新左衛門師匠クラスになったら、どっちでもええんちゃう?昼であろうが夜であろうがお客さん入るし。」
「人気者なんですね。師匠は。」
「妙なこと言うなぁ。知ってて入ったんやろ!?」
「いえ、そんなに知らずに入ったもので。子供の頃から海外生活も長かったですし。」
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