第17話 令和三十年七月二十二日 大阪。②

文字数 789文字

「寿司っちゅうのはネタが一番肝心やな。どんだけええ腕の職人でも悪いネタやったら話にならへん。ほんで、ネタの鮮度な。やっぱり寿司屋に行って、その場で握ってもらわなな、ホンマは。店の雰囲気込みで、味わいやったりするからな。けど結局は誰と食べるかや、文団治兄さんとやったら、どんなネタでもええネタになるやろな。」
「ははぁ。とても楽しかったんでしょうね。どういったお話をされたんですか?」吉田は相槌を打つように、なるべく自然に、自分の聞きたかった本質を聞いてみる。
「最近どんなネタやってんの?とか。会長まだくたばれへんのか?とか、連盟派に来たらどや?とかそんなんやな。中身のない、しょーもない、話や。」

連盟派の会長が、協会派のエースに「連盟派に来てはどうか」と言う誘いは、決して「しょーもない話」ではない。

「それで、師匠はどうされるんですか?」操作座席にいる吉田が後部座席にいる曽呂利新左衛門に、おそるおそる聞く。
「なにがや?」
「その連盟派への誘いです。」
「えらい気になんねやな。ハハハ。君はどない思うねん?俺は協会派から連盟派に移った方がええと思うんか?」
「正直、どちらでもいいと思います。」
「冷たいな!」
「いえ、私は落語界のことはあまりよく存じ上げないので、正直、協会派と連盟派に分かれていることも昨日知りました。師匠のご判断かと思います。」
「ハハハ。そやな。正直、俺もどっちゃでもええ話やと思てる。けど、どっちでもいいと思う君が、なんでそないに気になってんねん。」
「歴史が動く出来事ですから。」
「んな、たいそうな。」
「で、どうされるんですか?」
「内緒や。」

無人タクシーが「Zaxi(ザシキィ)」で呼ばれた高齢者用タワーマンションの前で止まる。二日前呼ばれたナイスシニア荒川氏の自宅だ。
これまで必ず、週に一回の間隔だった。一週間のうち二回呼ばれるのは、この一年で初めてのことだった。
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