第57話 令和三十年十二月 再び大阪 17

文字数 729文字

吉田はとても歴史が好きだった。
落語も好きだが、落語全般が好きというよりは自分の師匠が好きだった。
崇徳院といえば、落語よりもまず崇徳上皇のことを思い出す。
師匠である曽呂利新左衛門は崇徳院が持ちネタではないため、吉田は崇徳院を聞いたことがなかった。今日も放送局である先輩落語家が口演していたが、楽屋の用事で行ったり来たりしていたため、ほとんど聞けていなかった。

崇徳上皇は可哀想な人だ。
保元の乱ののちは罪人として讃岐に流される。
失意のうちに崩御し、怨霊となって敵方を呪い殺したと考えられたこともある。
平将門や菅原道真と並び、日本三大怨霊ともされる。

今日は女性と初めて二人きりで大阪を散策した。
一生懸命喜ばせようとしたが、ずっと怒らせっぱなしだった。
馬鹿と罵ってしまったことを反省している。
きっと怒っていたに違いない。にも関わらず「いい落語家になるように」と祈ってくれた。とても優しい女性なのかもしれない。
トイレから出ると急に帰ってしまった。
不潔な男と思われたのかもしれない。謝ろうと思ったが、なぜか口から声が出ない。
無人タクシーに乗って行ってしまうと思いきや。帰ってきてくれた。
謝ろうと思うと、後ろを向けと言う。言われるがままに後ろを向くと背中に何やら書いて帰って行ってしまった。

吉田は「馬鹿」とか書かれてるのかなと思いトレーナーを脱ぐ。

「瀬を早み岩にせかるる滝川の」

と書いてある。崇徳上皇の有名な歌だ。
讃岐に流された恨みつらみを込めた歌という解釈がなされる歌だ。

吉田は、一人の女性が、自分のことを呪い殺そうというくらい怒っているという事実を反省し、へたへたへたっと座り込み、頭を抱えてしまった。

高津神社は冬晴れで、社殿横の石碑が吉田の姿を見守るように建っている。
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