第48話 令和三十年十二月 再び大阪⑧

文字数 893文字

「さ、発進〜!」
元気よく、鶴女が発声するが、自転車は動かない。
吉田は「ママとパパのための電動自転車」の後ろに取り付けられた幼児席に無理やり体を小さくして乗っている。
難波宮跡公園の広大な土地の片隅のレンタサイクル場で、20代の男女が二人、二人乗りを試みようとしているが、発進する気配もない。

「なんで発進しないのよ。」鶴女が苛立っている。
「ペダルを漕がなきゃ動かないんじゃないの?」
「なんで?電動じゃないの?」
「電動でも漕がなきゃ動かないよ。」
「漕がなきゃ動かなかったら、電動の意味がないじゃない。」
「自転車なんだから漕がなきゃ動かないよ」
「何よそれ。」

鶴女はペダルを漕ぎだす。
自転車のスタンドを立てたままの「パパとママのための電動自転車」は、幼児座席に吉田を乗せて空転する。

「なんで進まないのよ。」
「スタンド立てたままじゃ進まないよ。自転車乗ったことないの?」
「あるわけないでしょ。」
「じゃあ、僕が前に乗るから君は後ろに乗りなよ。」

吉田が、幼児座席から降りて、鶴女を抱き上げて、幼児座席に乗せる。スタンドを外して漕ぎ出す。「パパとママのための電動自転車」は難波宮公園から西へ向かって進み出す。

「あれはなに?」大きな石碑を指差して鶴女が尋ねる。
「「兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑」と書いてるね。」
「どういう意味?」
「大村益次郎がここで死んだってことだよ。」
「誰なのよ。大村益次郎って。もっとロマンチックな石像はないの?偽りの心がある者は手首を切り落とされるような。」
「大村益次郎は手首どころか敵方を全滅させたこともあるよ。」
「そういうんじゃなくて。他に石でできたものはないの。」

吉田はgoglassで検索をする。
「あ、すぐ近くに二つあるよ。」
「早く行くわよ。なにがあるの?」
「井原西鶴の墓と近松門左衛門の墓だよ。」
「死人関連のものばっかりじゃないの。ここは、永遠の都「高津」じゃないの?」
「ただの大阪だよ。なに言ってるの?」
「あなたが永遠の都「高津」って言ったんじゃないのよ。」

「パパとママのための電動自転車」は二人を乗せてあっちに行ったりこっちに行ったり蛇行しながら西へと向かっている。
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