第39話 令和三十年九月二十七日(日)東京⑨

文字数 1,370文字

緞帳が降り、閉幕する。
曽呂利新左衛門が舞台袖に降りてくる「ありがとうございました。」と三味線のお囃子さんにお礼する。

三玉斎は、この二人会に立ち会えたことに感激している。

中トリの慈水の説法の出来からして、曽呂利新左衛門と客席が一体となるとは信じがたかった。他のものはもういらないという満腹感があった。
ところが、終わった今ではどうだろうか。「素晴らしい二人会であった」という二種類の満腹感が共存している。

三玉斎は同業者であるので「時代が変わってしまうほどの出来を叩きだした慈水」と「あの出来でも超えることのできない本気の曽呂利新左衛門という壁」になんとも言えない誇りを感じた。嫉妬を超越した敬意を二人に対して持った。

サブスクリプションの動画配信サービスで放送されるカメラが、曽呂利新左衛門を後ろから追いかける。楽屋廊下に慈水が立っている。

「お疲れ様でした」と慈水が頭を下げる。
曽呂利新左衛門は「お疲れ様でした。」と返答しておいて「次は僕が中トリで慈水さんがトリでやりましょか。」と続ける。
「ええ、是非。今度は大阪で。」

互いに自分の最高のパフォーマンスを発揮できたことに、心地の良い疲れを感じているよううだった。

カメラクルーが
「お二人で、今から対談していただくことできますか?」と聞いてくる。

「この感じのまま次繋げたいんで、申し訳ないですけど、もう僕このまま帰りますわ。」曽呂利新左衛門が答える。
「そうですね。蛇足のような気がしますね、対談は。」と慈水も続ける。
「三玉斎、あと空いてのんか?焼肉いこか。」たった今、防衛戦を果たしたチャンピオンの感想戦を自分だけ聞かせてもらえるチャンスが回ってきたことに喜びを感じる。


無人タクシーは、玉露亭からは少し離れた車で20分ほどの位置にある曽呂利新左衛門の馴染みの焼肉屋へ向かっている。
弟子は、帰したため、三玉斎と後部座席に二人きりで座っている。

「流石、兄さんでしたね。曽呂利新左衛門ここにありっちゅう感じでした。」
「調子ええこと言いなや。正直、中トリでアカン思てたやろ?」
「そんなこと思いませんがな。」
「俺は、正直思てた。勝負にならんなと。格闘技とちゃうねんから、どっちが良かったて評価するもんちゃうけど。流石にあの空気では、慈水の中トリで終わっててくれたら最高の会やったのにてなってまうからな。」
「そんなことないですよ。ものすごええ出来でしたけどね。慈水さん。」
「あれはな、正直、負けてた。良くて五分五分や。まだ体裁保ててるのはな、俺がトリで慈水さんが中トリやったからと。何よりも。」
「何よりも?」
「ライオネル小林先生やな。」
「確かに。」
「「確かに。」ちゃうがな。「いやぁ、ライオネル小林先生いなくても兄さんやったら余裕ですよ〜」ちゃうんか。」曽呂利新左衛門は三玉斎の口調を大袈裟に真似る。三玉斎は陽気に笑ってごまかす。
「久しぶりに緊張したな。ええ会やったわ。」
「ええ会でしたねぇ。」
「令和仏教入ろかな。」
「え!?」
「嘘やがな。」

三玉斎は曽呂利新左衛門が冗談を言うほどにリラックスしてきたことを見極め、満を辞して疑問を解消しにかかる。

「あれ、ネタ変えはったんなんでなんですか?立ち切れやる言うてはりましたけど。」

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