第44話 マキナルとの決闘(1)

文字数 1,900文字

 朝が来て、ディーンとミラは帰路へと就いた。昨夜の余韻も冷めやらぬままだったが、一言も言葉を交わさぬまま、森の中を歩いていく。昨夜の嵐で道はかなり、ぬかるんでいた。
 ディーンが目覚めた時、ミラは既に起きていた。朝食の準備をする姿はいつもと変わらないように見えた。
「お早う、お腹空いたでしょう。もう少しで朝食の準備が出来るわ」
「うん」まともにミラの顔を見ることが出来ない。
 朝食は昨晩残った山鳥のスープだった。それに加えて、朝摘んできた木の実や野草を焚べる。十分なご馳走だ。
 食卓を共に囲んだミラの顔をチラッと見ると、下向き加減で顔は赤くなっていた。やはりミラ姉さんも恥ずかしいんだ。そういう自分も赤面している。
 衝撃的な一夜を思い出す。罪悪感に押しつぶされそうになるが、ミラ姉さんが身を持って生きるための糧を示してくれたのだと思うと、深い愛情を感じずにはいられない。
 ミラのために必ず生きなければならないという覚悟は出来た。いや、ミラだけではない。父さん母さん、ノエルとジュンのためにも必ずマキナルには勝たなくてはならない。今ならば斬れる、そう思えた。
 その時、前方からけたたましく馬の蹄の音が近づいてきた。父さんかノエルが昨夜の嵐を心配して様子を見に来てくれたのだろう。
 やってきたのはノエルだった。泥濘んだ悪路の中、泥を跳ね飛ばしながら、かなり急いでいる。何かあったのだろうか。悪い予感がよぎる。
「ディーン、ミラ姉ェ」二人を認めるとノエルは急いで手綱を引いて馬を降りた。
「どうしたの、ノエル」ミラの問いにノエルはゼイゼイ言いながら答える。
「大変だ。ジュンが攫われた」「エ?」「マキナルの野郎が攫っていきやがった」
「何だって」脳天を撃たれたような衝撃が二人を襲う。あまりの衝撃にディーンは言葉を失い、ミラは両手で口を覆う。
「ジュンは、ジュンは、どこに」「東の峠牧野だ。奴はお前一人で来いと要求している」
「くっ、用があるのは俺だけのはずだ。関係ないジュンを攫うなんて、なんてやつだ」
 
 ディーンは凄まじい怒りを感じる。
「この馬に乗って行け」ノエルが手綱を手渡す。「分かった」すぐさま馬に飛び乗り鞭を振るう。
「ディーン、まずは家に戻れ。親父と合流しろ」ノエルは走り去るディーンに叫んだ。
 青白い顔をしているミラにノエルが語りかける。「済まねえ、ミラ姉ェ。俺と親父が留守の時に攫っていったらしい。お袋も一緒に家にいたんだが、ちょっと外に出た隙を狙ったようだ。あの野郎。もしジュンに何かあったら、絶対許さねえ」
 ノエルは自分も駆けつけたいのを必死に耐えている。
「しかし、ディーンの奴、なにか変わったような気がするぜ。大人になったっていうか、なんて言ったらいいのかなあ。今の感じなら必ずマキナルの野郎に勝てるぜ。ミラ姉ェは一体、どんな修行をつけてやったんだ」
「ううん、特別なことは何も教えていないわ。ただ、必ず生きて帰って来て、とみんなの願いを伝えただけ」
 それだけか、とノエルは拍子抜けしたようにウーンと腕を組んでいる。
(ああ、神様、どうか二人をお守りください)泥濘んだ地面に跪きミラは祈りを捧げた。
 家に戻るとライラが泣き崩れている。「ああ、ディーン、ジュンが、ジュンが」
「母さん」俺のせいだ。俺があの時マキナルにとどめを刺せなかったばかりにみんなを巻き込んでしまった。
「ディーン、戻ったか。ノエルから話は聞いているか」「ああ、聞いたよ父さん。俺一人で来いと言っているんだろう」「その通りだ」
 警戒していたが、みすみす娘を攫われてしまったトラルは沈痛な面持ちである。
「俺、一人で行くよ。必ずジュンを取り戻してくる」
急いで行こうとすると、待て、とトラルに呼び止められた。
「ミラと立ちあったか」ディーンは一瞬ドキッとする。
「うん。立ちあった」
「ミラを斬れたか」しばらく沈黙が続く。斬れたか、というのは本当に斬ったのか、と言う意味ではなく、斬る覚悟が出来ていたか、ということだろう。
「斬れなかった。けれど、マキナルを斬る覚悟は出来た。必ず斬る」
「そうか、分かった。ならば止めはせん」「うん」
「ディーン」出掛けようとするディーンを再び呼び止める。
「どんな状況になっても絶対に諦めるな。お前ならば必ず打開出来る。それとマキナルの真意を見極めろ。何故、お前を決闘の相手として選んだのか。見偽無想流の真髄は相手の心に触れることにある」
「うん」返事はしたものの、マキナルの心情など、知ったことではないという気持ちだった。今は怒りしかない。
「では、行け。ジュンを頼むぞ」
「分かったよ。父さん」急いで馬に飛び乗り、鞭を振う。
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