第56話 傲慢の騎士(1)

文字数 3,544文字

 タブロ・アーグンとジミー・コンデニエンスの二人の少年が酒場を訪ねてきた時、マーハンドは、二人から興味深い話を聞いていた。
「あんな悲惨な町を俺は見たことがねえ」
「ああ、西の国に血の池地獄ってのがあるって、アルザ婆さんから聞いたことがあるさ。それがバルジの町さ」
 話は少し遡る。アジェンスト帝国との国境近く、ハンド高原の北に位置するミロノ王国の町、バルジでは阿鼻叫喚の光景が広がっていた。
 まるで巨人に踏み潰されたかのように、町中のあらゆる建物は破壊され、老若男女問わず、沢山の住民の屍があちらこちらに転がっている。
 それも一人として四肢が繋がっているものはない。地面は、どす黒い血に染まり、破壊された建物の残骸も血飛きに染まっている。後日、バルジの惨状を見た人々は悪魔に蹂躙された街と呼んだ。
 正に地獄絵図のバルジに向って、タブロとジミーが歩いていた。二メートルを超す大男のタブロは大きな剣を背負いながら、ノッシノッシと歩いている。
 ジミーは小さな背中に弓矢を背負い、キビキビと歩いている。
「本当に、行くのか、ジミー。かなりやばいらしいじゃねえか」
「ああ、さっき聞いた話ではね。ちょっと覗いて見るだけさ、タブロ」
「ちぇ、仕方ねえな、もし、奴らに見つかった時は、ひと暴れしてやるか」
「大丈夫さ。矢も補充出来たし、10人位が相手なら、やれるさ」
 生まれ育ったアルフレムを出た二人は、アロウ平野を横断するべく、ミロ丿王国の西の果て、国境の町バルジに向かっていた。

 そこはアジェンスト帝国との戦いにおける最大の激戦地と聞いた。戦争を間近で見たことがない二人は興味本位で行ってみることにしたのである。
「悪いことは言わねえ、バルジに行くのはやめた方がいい」
 ミロノ王国領エバンの酒場で知り合った商人は忠告した。
「そんなに酷いのか」
「酷いなんてもんじゃない。下手すると、こっちまで精神がおかしくなってしまう」
「アジェンスト帝国の将軍は何て名なんだい」
「ナイトバードだ。奴率いる軍勢は悪魔の軍って呼ばれている」
 商人は吐き捨てるように答えた。
「悪魔の軍?」
「ああ、そうだ。奴の軍勢が通った跡は何も残らない。まるで巨人に踏み潰されたようにな。殆どの建物は原形を留めていない。でかいハンマーを持った敵兵共が叩き壊して行きやがるのよ。それだけだったら、まだましってもんだ。バルジに住んでた奴らは皆殺しにされた」
「何だって」
「嘘だろ」
「いいや、本当だ。老いも若いも、男も女もみんな殺された。沢山の死骸があちらこちらに転がっていやがるんだ。それも一人としてまともな体じゃない。手足は引き千切られ、バラバラにされちまっている。とても悲惨で見ていられねえ。可哀想によ」
 聞いているだけで、気分が悪くなる。この手の話には多分に誇張があるものだが、商人の顔は酒を飲んでいるにも関わらず真っ青だった。
「俺は実際に見たんだよ。地面は、どす黒い血で染まり、破壊された建物の壁も血飛きで真っ赤なんだ」
 この商人は、商いでアロウ平野を横断している途中、どうしてもバルジに立ち寄らなければならなくなったらしい。
 戦火に巻き込まれる前に出立しようとしていたところ、運悪く巻き込まれたのだとため息をついた。
「悪い予感がしていたんだ。戦火が広がっているのは知っていた。今思えば、バルジなんかに行かなきゃよかったんだ。そうすれば、あんなものを見ることはなかったのによ。けれども、バルジから逃げることが出来たのは本当に幸運としか言いようがねえ。神様に感謝しなければならねえ」
「まだ、ナイトバードって将軍はバルジに居座っているのかい」
「ああ、いるはずだ。バルジは帝国に占領されちまったからな」
「ミロノ王国は反撃しなかったのかい」
「いいや、我が王国だって黙っちゃいない。一度は、エースのバンドム様が、ナイトバードのことを追い払ったんだ。ところが、それは敵の陽動作戦だったらしい。アジェンストのエース、スタチオって将軍がオクタマリア湖に進撃して来たのさ」
「エース?そう言えば、シュレイって野郎もエースだって聞いたな。その国で一番強い将軍のことなんだろ」
「ああ、アンディエス爺さんがそんなこと言っていたな」
「シュレイ?シュレイといや、ピネリー王国のエースだ。お前たち、ピネリー王国から来たのか」
「ああ、そうさ。俺達はアルフレムから来たんだ」
「敵国へ、よくきたもんだぜ」
 二人の無鉄砲さに商人は呆れた表情をした。
「別に俺達が戦をしている訳じゃねえだろ」
 タブロの返事に商人は苦笑いした。
「まあ、いいさ。アジェンスト帝国軍よりピネリー王国軍の方が、残虐じゃ無いだけマシだ。バンドム様はスタチオと死闘を繰り広げたのさ。その結果が両者痛み分けだ。ところが、バンドム様がいない間に、再び、ナイトバードがバルジにやってきたんだ。とんでもねえ話さ」
 商人の生々しい話に戦慄を覚えつつも、二人はバルジに行くことに決めた。若さゆえの怖いもの見たさという奴である。
 オクタマリア湖を水源とし、南北に流れるツール川が、アジェンスト帝国とミロノ王国の国境である。そのツール川の東に発展したのが、バルジだ。 
 アジェンスト帝国との最前線であるバルジは常に戦火に晒される町であった。守備軍も一万の軍勢を備えていたが、今回、4万もの軍勢で攻めるナイトバード軍に壊滅させられていた。
 圧倒的兵力差で攻めるナイトバード軍は、城に立て籠もるバルジ守備軍に対して、殺した兵達や住民達の屍を見せつけるように晒した。
 晒される屍の数は日に日に増えていき、籠城する兵達は恐怖に打ち震えた。
「今日、一日だけ待ってやる。明日の朝までに城を明け渡せば命だけは助けてやる」
 ナイトバードは、立て籠もるバルジ守備軍の兵達に投降を迫った。精神的に限界を迎えていた兵達は司令官の制止も聞かずに城門を開け、城外に殺到したのである。
 しかし、それは罠だった。ナイトバード軍は、開かれた城門から城内に侵攻すると、バルジ守備軍司令官を討ち殺したのだ。さらに丸腰で投降した無抵抗のバルジの兵士達を次々と虐殺したのだ。

「そろそろ、バルジの町が見えてくるはずさ」
 ジミーの言う通り、小さな丘を登ると城郭に囲まれた町が見えてきた。
「へえー、あれがバルジか。結構大きな町だな」と、タブロが感心する。
「ミロノ王国の要の都市って話だからな」
「しかし、その町をあっという間に占領したんだろ。ナイトバードって野郎は」
「ああ、そうらしいさ」
 ここからは慎重に進む必要がある。町には夜になってから忍び込むことにした。丘の上にドカッと腰を降ろし、乾パンを噛じる。
「乾パンには飽きたな。蒸しパンが食いてえぜ」
「止めろよ、タブロ。お前の愚痴を聞いていると、乾パンを食うのが増々嫌になるさ」
 戦があったとは思えないほど静かだ。風がビューと駆け抜けていく。心地良い陽気に二人ともウトウトした時だった。
「いたぞ、あそこだぜ」「待ちやがれ」
 ドドドっと大地が鳴り響き、複数の男達の声が聞こえる。
 ジミーは、パッと起き上がる。タブロも眠い目を擦りながら起きた。
「何だ一体。折角、いい気分だったのによ」
「いいから早く隠れろ、タブロ」
 ジミーは丘の斜面に這いつくばり、町の方向を見る。5騎の騎兵がこちらに向かって来るのが見えた。その後を5人の歩兵がついて来ている。
 その先を若い女が二人、一心不乱に逃げていた。女達が捕まるのは時間の問題に思えた。
 タブロとジミーは、地面に伏せながら様子を伺う。丘の斜面にいるため、相手からはこちらが見えないはずだ。
「捕まえたぜ」
 騎兵が回り込み、女達の行手を遮った。女達は絶望した表情を浮かべている。歩兵達も追いつき10人で女達を囲む。
「何故、逃げた」
「お、お許しを」ガタガタと震えている二人の女は、どちらも20代前半であろう、一人は金髪でもう一人は黒髪の女であった。
「折角、ナイトバード様のお慈悲で、お前達、ルエル教信者は命を助けてやっているというのに、これは一体、何の真似だ」
「魔が差したのです。どうかお許しを」
「最初に言ったはずだ。もし、逃げたら命はないぞと」
「ああ、どうか、お許しを」
「ならんな。だが、すぐ殺すのは勿体ねえ。少し楽しませてもらってから殺すことにするか」
 兵達がニヤついている。
「俺はもう我慢出来ねえぜ」
 興奮した男達の視線に、女達は恐怖と絶望に打ち震えるしかない。
 いや、と叫びながら、女達は逃げ出そうと駆け出す。だが、10人の男達に囲まれた状況で脱出出来る術はなく、男達の興奮を更に煽っただけだった。
 女達は兵士達に押し倒された。次々と群がってくる。衣服がビリビリと破られる音と女達の悲鳴が響き渡る。
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