第38話 オリンピックロード作戦

文字数 3,362文字

明日、搬入当日となった。ミエくんと奇車会社さんはすでにJAM向けに出発しておる。

動画の準備も終わった。あとは泣こうが喚こうが、もうJAM本番なのである。


だが、それなのに、わが著者は眠れなかったのだ。

えっ、著者さんどうしちゃったんですか。
またいつもの不眠が出たんでしょうか。ヒドイッ。
それが、処方されてる睡眠薬を飲んでも一向に眠れぬのだ。
どうしちゃったのー?
武者震いともまた違った何かであるようだった。

ワタクシは著者と対話した。


ここまでの軍資金不足、そしてここまでの生活歴。それでもなおJAMにかける理由。


ワタクシもJAMにかけておったが、著者の思いをまた聞いて、考え込んだ。

入れ込み方が尋常でないのはそのためだったのですわね。
しかし、そこまで入れ込んでなんになる。

模型雑誌もメディアにも無視されるばかりである。

結局何をやっても基本的に無駄なのだ、と。


こんな状態でどう頑張ればいいのだ。

メディアには無視されるし、かと言ってお金の流血はとんでもない。

夜中にこれからの生活を危ぶんで跳ね起きさえすることもある。


それで人生最後の思い出としてJAMを選び、そのあと……。

わー、ダメですよ! そんなの!
JAMを死場所とすら思ってたんですね。だからあんなに入れ込んでいたのか。
JAMのあとどこでそうするかも決めていた。これまでの2回ではそうだった。そして毎回JAMの撤収の疲労でそれは果たせなかった。
できなくていいですよ。ヒドイッ。
でも、前2回は、ですよね。

今回はそれと違うのかな。

御波くんの通りなり。

今回のJAMは、著者初めての、生還し次回につなげることを前提としたJAMなのだ。

心境が変わったんですね。でもなぜ。
それは、ワタクシたちのことであった。
ええっ、私たち? 本当ですか?
さふなり。著者が死んだら、ワタクシたちキャラは作品の中に残ったものだけになるのだ。もうこれから新たに活躍はできぬ。ゆえ、それが不憫に思えたらしい。
著者さん優しいなあ……あれだけ総裁とかにいじめられてたのに。総裁とか総裁とかに。
うぬ。とはいえワタクシは著者の思いを聞いていて理解したのだ。


わが著者は、根本的に自分を健全に肯定できない。病んだ心理を持っているのだ。誰かのために生きることはできても、自分のためには生きられない。むしろ自分を自分で虐待してしまうのだ。

病んでるのはもうわかってますけど、その深層を理解したんですか? 総裁。
さふである。甘やかされて育つなかでそれがすっぽりと抜け落ちておるのだ。だから他人の評価に過剰に揺れ動かされてしまう。
親子関係に問題があったのでしょうか。
いや、おそらくこの地上に「健全な親子」などというものはないだろう。全て何処かで病んでいる。それでも人間は生きていける強靭さを持っておる。
それなら問題ないのでは?
その強靭さが逆に作用することがある。強烈な自己否定がもとにあると、生きる力があってもそれは心を健やかに維持することができないのだ。


とくに著者は離婚をしたり収入面での問題を抱えておる。それらの傷が深くささっており、いまだに解決できておらぬ。

でも離婚もずいぶん昔のことじゃないですか。いい加減立ち直らないと。
立ち直ってどうなる? また結婚し今から子供を育てたりするのか? あの歳で? あの収入で? 全く非現実的なり。
年齢とそう言ったことの無理か無理でないかは直接関係ないと存じますわ。
全否定はできぬだろう。しかし、やったところで現実的ではないのだ。とくにあの病的自己否定と合わされば非現実の極み。
でも著者さんにこれからになんの希望も期待もないなんてー。あんまりだよー。46年生きてきて何もなかったなんてー。
そして軍資金作戦、もう一つの仕事の研修も始まっておる。幸い得意なことが活かせることなので順調だが、収入は研修中のために少ない。これまた焼け石に水である。
まだそれを抱えていたんですね。
まともな仕事にはもう体も心も病んでいて就けぬのだ。
どん詰まりなんだねー。
あともう少しだったのに。
未来はないが先に予定がまだある。その予定のためにかろうじて生を延長しておるに過ぎぬ。予定がなくなればそこでおしまいなのだ。
おしまい……そうですわね。そうなればわたくしたち鉄研も、そのとき、本当に終わりですわね。
ちょ、ちょっと、もう著者さんをパシリにして虐めてる場合じゃなかったですよ!
著者さんと僕たち、運命を共にしちゃうんですね。
さふなり。だからワタクシは著者の斯様な弱音を聴いてやったのだ。夜中の著者宅のキッチンで。そして、最後に、飲酒を許可したのだ。
飲酒、って。
著者はこれまで、年配の先輩のこういうことに立ち会うことがあった。そして、こうしてきたのだ。

先輩たちも、苦しみ、その苦しみを著者に漏らしてきた。


その役割のバトンが、ワタクシに渡ったのであろうの。

僕たちは非実在女子高校生ですよ。
非実在でも、著者はそう思ってはおらぬのだ。


そして、ワタクシも。

ええっ、総裁?
ワタクシは著者の思いを受け継いでいくことにした。非実在であろうがキャラクターであろうが、もはやそんなことは関係ないのだ。


ワタクシたちの使命とは、著者の思いと命を受け継ぐことなのだ。そしてそれを著作物として確定させ、生きた証とすることである。

著者さん……。でも、僕らにそれができるでしょうか。
やるしかないのだ。著者の残りの人生はそれだけしかできぬし、それすらも中途で終わるかも知れぬ。
なんだか重たい話になってしまいましたわねえ。でも、生きる意味をかけて鉄道模型をやるんですね。
それが著者と、著者の亡き弟との約束であったらしいからの。
約束……。
さふであろう。もうウケるウケないの次元ではない。世の中がどうなろうとも、もう関係はないのだ。
その割にはよく挫けてますよね、著者さん。
うむ。さふいふときはワタクシが鉄研制裁することになるのだ。
でも、本当に私たちの「テツ道」に著者さん、全部賭けることにしたなんて。無謀すぎますよ。
そう話す著者が、ウイスキーの水割りを飲んだせいか、頭が揺れ、舟を漕ぎ始めた。


もう寝てしまえ、とワタクシは著者を寝かしつけた。


やれやれ世話が焼ける著者だ。キャラに世話される著者とは情けないぞよ。

そのあと、朝、どうなったのー?
無事目覚めた。


搬入日の朝を迎えた。


わが出展チームのこる出展者IDを持ってゆかねばならぬからの。いつものようにバスに乗り、JAMの開催されるビッグサイトへ向かうのである。



そのときの朝餉である。
朝からステーキ?
上陸作戦の朝の食事はステーキと決まっておるのだ。米海兵隊流である。
たしかに上陸作戦だもんねー。
荷物はこんなに多くなってしもうた。
せっかく事前に発送したはずなのにこんな大荷物ヒドイっ。
私もそうだから仕方ないですよね。
数日前に届いたAmazon Alexaにこうやって見送られた。
いつものバス停から出発である、
厚木の街に出たのである。
ホームに上ったのである。
そして乗車する列車が来た。
荷物を収めて先を急ぐ。
この時間の列車は空いてますね。
毎年やっている車窓を借景にしての模型撮影である。
列車は快走していく。
そして新宿が見えてきた。
わたしたちが模型で作った新宿パークタワーが見える!
さふであるのう。今年はサザンタワーもであるのだ。
いよいよその披露のときがせまっているのですわね。頑張ったことの結果が出ますわ。
さふなり。しかし著者の気持ちは、ただの期待だけではなかったのだ。

辛かったここまでも胸を去来しておったようだ。

そして、いつも襲う自己批判と根拠なき失敗の予感ものしかかっておった。

しかたないなー、もう。
しかし、それも始まってしまえばそれどころではないのだ。

まず搬入をがんばるしかない。

そういえば奇車製造さんとミエさんはどうなさったのですか。
無事台風に妨げられることなく新宿に着いてました。
よかった!
今流行のタピオカミルクティーですね。ロマンスカーカフェでも出していたんですね。
間に合いました。EXE改。
苦しんでいたウェザリングもバッチリ決まってますね。
実車との対面も果たせたのだ。


斯様に奇車さん・ミエくんとの再会を果たした。

こうなったら搬入がんばるしかないのだ。


次回、いよいよ国際展示場、ビッグサイトに向かうぞよ。

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登場人物紹介

長原キラ ながはらキラ:エビコー鉄研の部長。みんなに『総裁』と呼ばれている。「さふである!」など口調がやたら特徴ある子。このエビコー鉄研を創部した張本人。『乙女のたしなみ・テツ道』を掲げて鉄道模型などテツ活動の充実に邁進中。


*総裁のびっくりヒミツ能力(順次公開)

・隠れオッドアイ。安いラノベのキャラだと思われたくないので視力は悪くないのにカラーコンタクトをはめて眼の色を合わせている。しかしこのオッドアイのその眼を見てしまうと自白させてしまう作用がある。あまりにも危険なのでそれを抑制するためにもカラーコンタクト。


 ほかにもまだまだあります。


葛城御波 かつらぎ みなみ:国語洞察力に優れたアイドル並み容姿の子。でも密かに変態。しかしイマジネーション能力は随一。


武者小路詩音 むしゃのこうじ しおん:鉄研内で、模型の腕は随一。高校入学が遅れたので、実は他のみんなより年上。鉄道・運輸工学教授の娘で、超癒し系の超お嬢様。模型テツとしての腕前も一級。

芦塚ツバメ あしづかツバメ:イラストと模型作りに優れた子。イラストの腕前は超高校級。「ヒドイっ」が口癖。

中川華子 なかがわ はなこ:鉄道趣味向けに特化した食堂『サハシ』の娘。写真撮影と料理が得意。バカにされるとすぐ反応してしまう。

鹿川カオル かぬか カオル:ダイヤ鉄。超頭脳明晰で、鉄道会社のダイヤをアルバイトで組んでしまうほどの『ダイヤ鉄』。プロ将棋棋士を目指し奨励会所属。王子と呼ばれるほどハンサムな女の子。電子回路やプログラミングが得意。


田島ミエ たじまみえ:総裁の古くからの友人。凄腕の模型テツ。鉄研のみんなと一緒に大洗などを旅行したものの、関西在住で滅多に会えない。なおかつその実像は不明。

小谷奈々 おたりなな


総裁の友人。凄腕のBトレ自動運転の模型鉄。地下アイドルをしているらしい。ウサミン星がどうとか言っていたが詳細不明。

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