第3話 煮詰まる鉄研

文字数 3,679文字

うむむむむ。
総裁、いくら計算しても足りないお金は増えませんよ。
さふであるのう。どうやってもなんともならぬのう。
そういえば、著者さんのお家でさらに辛いことがありましたね。千秋ちゃん。
さふである。ワタクシも千秋には随分心救われておった。しかし、去年年末に体を痛めて、今年亡くなってしもうた。
鉄道模型とともに北急電鉄チャンネルの動画に出演もしてましたよね。
さふである。犬のように歯切れ良く鳴いたり、一緒に飼っている珠子に遠慮してご飯を食べるのを待ったりと実に可愛い猫であった。でぶであったが優しい子であった。
かみさまはいい子から召していくよねー。つらいよね。
私のうちでも辛いことがあったので、総裁のとこのこのことで私も心痛めてました。辛いです。
辛いですわね……。形あるものはいつか壊れ、命あるものはいつか死ぬと思っても、別れの辛さは少しも軽くはなりませんわ。
それでも我々は前に進まねばならぬのだ。
生きるって、つらいね。
そうですね……。しばらく私も立ち直れませんでした。
ミエくんはつらいことが続く。ワタクシもつらいことがあったが、ミエくんのことはさらに心が痛かったのだ。
総裁とミエさん、仲がいいですもんね……。
御波は少し寂しそうな顔になった。
うむ……つらいが誰かとそれを比較するものではないからの。ワタクシもテツ道を志すきっかけとなったのは弟の死であった。
総裁、いつもその髪飾り大事にしてるものね。
さふである。我が弟と約束したのだ。テツ道を追求することを我が使命、と。
いくつもの不幸に会いながら、みんな命の尊厳を学び、そして自分の使命に気づかされていくんですね。
それがいのちの営みですわ。
それで著者さんに「鰹節」って本を書かせたんですね。
我々も「鉄研礼式」として総員で千秋を見送ったのである。
そうだったね。
命、か……。


そしてワタクシはテツ道のため、冒険を厭わずに行動してきた。JAM国際鉄道模型コンベンションへの出展も、命をかけてやってきた。そこまですべきものか、と思うかもしれない。でもワタクシにはそうすべきものなのだ。

命懸けの出展……。
大げさかもしれないけど、その真剣さは素敵ですわ。
でもいくらなんでもやりすぎだよー。
ぼくもそう思いますよ。鉄道模型展示にそこまで入れ込むってのは常軌を逸しているのでは。
そこまでして成し遂げたいと思っちゃうってのは、「業」の領域ですよ。
さふかもしれん。しかし、その業でやってきたことは、人々の夢にもなりつつある。思えばさまざまな芸術というものはその業の果てのものなのではなかろうか。
そうかもしれないです……。もともと芸術は作者の命あるうちに正当な評価のなされないことがしばしばですからね。
評価されなくてもやってしまう「業」。それが一人のものとしてやって、一人のものとして終わるならよかったのかもしれない。だが、そうはいかなくなった。
評価してくれる人が少しずつ生まれてますものね。
ワタクシ自身には価値がないのだ。ワタクシは私自身を無価値だと思うておる。
総裁は自身が無価値だなんてことないですよー。
そうです。総裁はぼくらの夢ですよ。
総裁、もうちょっと身を惜しんでください。
無価値なワタクシであるが、ミエくんとワタクシはともに誓い合ったのだ。ワタクシたちは業を生き抜き、展示を完遂し、夢を叶えるのだ、と。
それが総裁とミエさんの願いなんですね。
ワタクシの著者が残せるものは、もうない。子供も無理、作品もきっと忘れられる。それゆえ出展に賭けるのだ。

しかし、その実現のためにはワタクシの命も、力も、お金も足りない。

何もかもが足りない。

わたくしの無力を感じますわ……。わたくしたちが非実在でなければもっといろいろできるのに、と強く思うのです。
でもミエくんが依り代の奇車製造さんを説得して軍資金を用立てててくれた。ミエくんに、奇車製造さんには感謝しかない。
それでお金の計算とか出展手続きをやってたわけですね……でもそれはそれでつらいですね。
ミエくんにはメーワクをかけてしもうておるからのう。何かで返さねばならぬ。
でも総裁と気持ちは一緒です。私も生きた証を残せるなら、十分やってみる価値があることだと思います。
そもそもこうなると思っておれば、去年物品を破棄せずに持ち帰るべきだったのだ。強くそのことを後悔しておる。でもあの時は後のことなど何も考えられなかったのだ。いや、後のことなどないと思うておったのだ。
後のこと考えないなんてダメです!
ええっ、あなたは!?
ひ、ヒドイっ! こんな時に新キャラ登場なんて!
あ、突然でしたね! 私、総裁の友人の小谷奈々(おたり なな)と申します! 今回のJAM出展から参加します! よろしくお願いします!
うむ、奈々センパイはワタクシのJAM出展をサポートしてくれる力強い支援者なのだ。
えええっ、先輩なんですか!?
センパイは地下アイドルとメイドカフェバイトをしておるのだ。追兎電鉄さんを依り代とする非実在女子なるぞ。
そ、そうなんですか……でも地下アイドルとはいえアイドルなんですね。すごーい。
ほとんどメイドカフェバイトに明け暮れてますけどね。
センパイはBトレをDCC制御にして自動運転させる凄腕模型鉄なり。かつてはさまざまなNゲージ車両をカットだけしてBトレ化するのを得意としていたのだ。
ええっ、塗装しないで仕上げちゃうんですか?
塗装しちゃうとせっかく表現されてるロゴとかやり直しになっちゃいますから。
う、確かに合理的です……ヒドイっ!
最近はBトレがもう新作が出ない状況なので、手持ちのBトレはそのままにして、Nゲージに移ろうとしてるんですよ。
Bトレ(Bトレインショーティ)、可愛くて好きでしたけど残念ですよね。ヒドイっ。
私が欲しかったロマンスカーLSEのBトレ、3両1箱でオークションで1万円してました! 6両で1編成だから2万円になっちゃいます! NゲージのLSEより高いってどういうことでしょう。
それももうBトレに新製品が出ないことでそうなってるんですよ。前にバンダイの人に今後のこと聞いたけどすごくやる気なさそうだったし。
奈々センパイはDCC自動運転もやりながらトミックスの発売した自動運転システム・TNOSの分析もしていたのだ。
でもトミックスさん、けっこうひどいんですよ。イベントでTNOSの説明会があったので、TNOSはセンサーとフィーダー両方使うのでコードがぐっちゃぐちっちゃにになりませんか? て聞いたら「すのこ状のレイアウトベース使えばいいです」って。すのこ状のレイアウトベースっていったいなんでしょう?
うっ、さすがセンパイすごく鋭いツッコミ。でもそんなことばっかり聞いてたら新製品説明会イベントで総会屋さん状態になっちゃう……。
聞くことは聞かないと! そのための説明会なんですから!!
ひいい、ど正論だけど……ヒドイっ!
ワタクシが以前ひどい失意に陥っていた時にそれを救ってくれたのがセンパイなり。大恩人であるのだ。
しかしここ、人数増えましたね。とうとう8人になりましたよ。これだとクロスシート車なら2ボックス占有する人数ですよ。
私も人多くて混乱しそうです……。
でも私たちは鉄研をエビコーでゼロから作ったのですから、センパイを持ったのは初めてのことですわ。
というか詩音ちゃんも同じ学年だけど私たちより一つ年上だよね。ヒドイッ。
そーかー、詩音ちゃんと同じ年のセンパイだねー。よろしくですー。
なんだか混乱してめまいしそう。
やだなー、混乱ならいつもの事じゃーん。前は後輩4名で合計10人になってグッチャグッチャだったしー。
あ、そか。
そうか、じゃなーい。ひどいッ。
まあまあ。ともあれよろしくおねがいしまーす! 電波でOKミンミングルコサミンです!
それ、なんですか……?
あっ、地下アイドルやってるときの口癖がでちゃいました!
アイドルって、そこまでしないとなれないんですね……。私、アイドルなみって言われてたけど、アイドルしてなくてほんとに良かったかも……。
よろしくおねがいしますわ。ということは今年のJAMの冒険はこの8人でがんばるのですね。
さふなり。今回の出展はワタクシが事務関係を行う。そのうえですでにJAM単独出展を経験しておる奈々センパイにはワタクシへのコンサルティングをしてもらおうと思っておる。エントリーシートはなんとか書けそうだが、必要な物品の数量とか間違えそうでのう。
総裁なにげに「さんすう」間違えますもんね。
うっ、そうなのである!
力強く言ってもダメです!! ヒドイっ。
と、ともあれ、ワタクシのJAM国際鉄道模型コンベンション出展にかける思いは斯様なものであるのだ。「役に立たないものは存在しなくて良い」という貧困な発想におちて結果必要なものをどんどん失う現代に、役に立たないものの極みである鉄道模型を展示することで抵抗したい、それも我が志であるのだ。
アツいなー。そこまでしなくてもって感はありますけどね。
うむ。ともあれ次回は「どきどき!エントリーシート作成」である。ゆくぞ!
あーい。
つづきます!!
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登場人物紹介

長原キラ ながはらキラ:エビコー鉄研の部長。みんなに『総裁』と呼ばれている。「さふである!」など口調がやたら特徴ある子。このエビコー鉄研を創部した張本人。『乙女のたしなみ・テツ道』を掲げて鉄道模型などテツ活動の充実に邁進中。


*総裁のびっくりヒミツ能力(順次公開)

・隠れオッドアイ。安いラノベのキャラだと思われたくないので視力は悪くないのにカラーコンタクトをはめて眼の色を合わせている。しかしこのオッドアイのその眼を見てしまうと自白させてしまう作用がある。あまりにも危険なのでそれを抑制するためにもカラーコンタクト。


 ほかにもまだまだあります。


葛城御波 かつらぎ みなみ:国語洞察力に優れたアイドル並み容姿の子。でも密かに変態。しかしイマジネーション能力は随一。


武者小路詩音 むしゃのこうじ しおん:鉄研内で、模型の腕は随一。高校入学が遅れたので、実は他のみんなより年上。鉄道・運輸工学教授の娘で、超癒し系の超お嬢様。模型テツとしての腕前も一級。

芦塚ツバメ あしづかツバメ:イラストと模型作りに優れた子。イラストの腕前は超高校級。「ヒドイっ」が口癖。

中川華子 なかがわ はなこ:鉄道趣味向けに特化した食堂『サハシ』の娘。写真撮影と料理が得意。バカにされるとすぐ反応してしまう。

鹿川カオル かぬか カオル:ダイヤ鉄。超頭脳明晰で、鉄道会社のダイヤをアルバイトで組んでしまうほどの『ダイヤ鉄』。プロ将棋棋士を目指し奨励会所属。王子と呼ばれるほどハンサムな女の子。電子回路やプログラミングが得意。


田島ミエ たじまみえ:総裁の古くからの友人。凄腕の模型テツ。鉄研のみんなと一緒に大洗などを旅行したものの、関西在住で滅多に会えない。なおかつその実像は不明。

小谷奈々 おたりなな


総裁の友人。凄腕のBトレ自動運転の模型鉄。地下アイドルをしているらしい。ウサミン星がどうとか言っていたが詳細不明。

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