第24話 新宿ロケハン紀行(3)旅の彼方
文字数 3,266文字
詩音くん、つらかったのであろう。でもそれを口にせずにわれわれに気を使っておったのではないか?
気を使う必要はないぞよ。我々は真の友であるからの。
ありがとうございます……わたくしとしたことが。つい弱音を。
二人は踏切の見えるベーカリーのイートインの、カウンター席に並んで座っている。
その周りにお客さんが少しずつ増えてきた。
このあと実は大学の学祭を見学に行こうと思っておったのだが、もう展示時間が過ぎてしまうのでキャンセルとしよう。
すまないですわ。わたくしの体調不良のために予定を変えてしまって。
いや、かまわぬ。詩音くんとはこうして時間をとって話ができるとヨイなと思うておったのだから。
通過していく電車のテールランプを見送って、詩音が言った。
総裁ご自身のことも、お話伺いたいですわ。いつも総裁、多くを話しているように見えて、いくつか不思議な不明なところがございますから。
うぬ。ワタクシにはコレ以上語ること、語るに値することなどないぞよ。
そうですわね……でもあまり長居してもお店に申し訳ないのですわ。
追加でなにか頼もうかと思うぞ。ここのパンはなかなか美味しいぞよ。
総裁……わたくしたちの未来はどうなるのでしょうか。
む。著者の体が衰え続けておるからの。先行きに不安は多い。
しかし、詩音の顔を見る総裁の眼に揺らめく光が宿る。
にもかかわらず、われらの未来はわれらの力で切り開くので、何の問題もない。阻むものがいかにあろうとも乗り越えてゆくぞよ。たとえ著者が力尽きでも、われらはつねに読者諸賢とともにあるのだ。そのことは変わらぬ。
それゆえ、われらの未来は、つねに凡庸な予想を超えたものになるのだ。
ただの線形予測の延長に未来などあるわけがねいのだ。
こうしてわれらがおる令和の御代も、われらが幼い頃に想像し得たであろうか。
こうして米大統領が交渉の先行き不安を我が国の総理に打ち明けたり、その大統領が大相撲の土俵に上がり力士にトロフィーを贈るなどと予見できたであろうか。
その米と空母対空母の苛烈なる大海戦を繰り広げて争い、その後に経済戦争を繰り広げたのがこの我が国であるぞ。
その我が国が実質空母のヘリ護衛艦を米強襲揚陸艦と並べ、これからの太平洋の安全保障を分担し合うと宣言するとは予見できたであろうか。
これを今当たり前に思えていても、決して過去からは想像もし得ぬことだぞ。
凡庸な予測に惑わされてはならぬ。凡庸な予測はどうやっても凡庸なのだ。
必ず未来はよかれ悪しかれ非凡なものとしてわれらの前に現れるのだ。歴史上常にそうであった。
ゆえ、われらも、凡庸であることに安住せず、凡庸の中に非凡を見出す感性を失ってはならぬのだ。
感性を研ぎ澄ますには辛い世の中だが、それでも、なのだ。
ゆえ、ワタクシは詩音くんの感性にも期待しておるのだ。
さて、その未来を前に作家人生を順調に棒に振りつつおる著者とはべつに、われらの旅は続くぞ。
体調はどうだ? 詩音くん。
すこしよくなってまいりましたわ。では、次の目的地へ向かいましょうか。
ベーカリーを出て、新宿駅方面に歩く二人は、振り返って新宿1号踏切方面を見た。
このサザンテラスに上がっていく階段は作らざるを得ないのう。
ここは……レンタルレイアウト・リカラーさんの前ですわ!
レンタルレイアウトとは、持ち込んだ鉄道模型車両を走らせることのできる時間貸しの鉄道模型ジオラマ(レイアウト)である。
さふなり。わが周遊列車「あまつかぜ」を再びここで走らせようと予約しておったのだ。
しかし予約の時間よりちょっと早く着いてしもうたぞよ。
そうですわねえ。リカラーさんといえば鉄道模型メーカーKATOの本社とその併設ショップ・ホビーセンターカトーから比較的近いとはいえ、そちらから来ると徒歩経路が長くなってしまうのですが、新宿西口からのバスならすぐなのですね。
道路上で時間を潰していては近隣の皆様のメーワクになるので、この近くの公園で時間を潰すぞよ。
東京にもこんなところがあるのですわね。ドバトのなく声の中、子どもたちや子連れのママさんたちが賑やかに興じておりますわ。ほんとうに憩いの場なのですわね。
まさに平和であるのう。世の中がどうとかいっても、この平和には代えがたいのう。
二人は話しながら時間を潰す。
鉄研らしい電車や鉄道路線の話。
女子らしいいま着ている私服の話。
他愛もない話だが、それがなんとも愛おしいのだった。
雑居ビルの上層階にあるレンタルレイアウトに行く。
階段を登り、スリッパに履き替えてスチールのドアをノックすると、マスターが待っている。
予約していたエビコー鉄研であるのだ。よろしくおねがいします!
店内の案内説明を受けて、リレーラーを受け取ってレイアウトの運転席につき、持ってきた模型車両ケースから列車を取り出す。
この配線なら、周回線路の内側に列車の海側をあわせたほうがよさそうですわ。
「あまつかぜ」フル編成でもこのリカラーさんの駅にはまだ余裕が少しありますわね。やはりこういうレンタルレイアウトはこういう長い編成をゆったりと走らせられるのが素敵ですわ。
ビデオカメラで撮影しますわ。あとで動画を編集してYoutubeにアップしましょう。
この水面に映る列車がまたじつに夢々しくてよいのう。
手がけた愛車がのびのびと走るのを見ていると時間がどんどん溶けていきますわ。この橋梁もまたじつに素敵ですわ。高低差が楽しい。
チャペルカーと特別スイート寝台車もまた舞台がヨイと映えるのう……。
うむ、存分に走行姿を堪能したぞよ。2時間借りるとなかなか充実感が大きいのう。
では、帰るとしよう。列車をケースに格納してマスターに物品を返却するのだ。忘れ物はしてはならぬぞよ。
そうですわね。マスターからお茶を頂いてすこし体も回復しましたわ。
ロマンスカーではないですか。軍資金は大丈夫なのですか?
うむ。帰りはゆっくりできるロマンスカーであるのだ。ケータイの電池も心もとないからの。このクルマなら充電用のコンセントもあるぞよ。
もうこのGSEも登場から1年過ぎたのですわね。月日のすぎるのは早いですわ。
後展望席! 比較的キャンセルの出やすい席ではありますが……。でもこのキャンセルが出なければ満席でこの列車に乗ることもできないとは、ロマンスカー人気はこの夜でも高いのですわね。
休日夜の輸送事情の巡察にもなってまた意義深いのであるな。
こうしてそれをロマンスカーの車内から見られるとは、また弥栄であるのう。
家につくまでが旅であるからの。しかし多くの収穫のあったロケハン旅であったのだ。
がんばって模型作りに生かさねばの。
そうですわね。おもわぬ総裁との心の旅にもなりましたわ。
ありがとうございます、総裁。
総裁は、夜のなか微笑む。それが道路からのヘッドライトで金色に輝いて見える。
旅は終わった。
だが真の目的、JAM国際鉄道模型コンベンション展示のための工作は、まだまだ続くのだ。
しかし、いま一時は、二人に休息を。
テツ道探求の旅は、終わらないのだから。
……つづきます。
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